比翼の鳥は囀りて
螺鈿の小箱
そして、金の曜日。
早朝の霧でしっとりと濡れた森には、ツーチイチイ、と小鳥の鳴き声が響き渡る。
落ち葉が湿り独特の芳香を放つ小道を軽い足取りで通り抜けた。
遠目に金色の巻き毛が視界に入った。
いつもの制服姿ではなく、膝が隠れる丈のワンピースにカーディガンを羽織っている。
「アン……」
声を掛けようとした刹那、隣に誰かがいることに気がついた。
ルヴァの心拍数が上がっていく。
なのに、体は凍りついたように身動きが取れない。
────ゼフェルが、どうして、ここに?
「ほらよ、超特急で作ってやったからな。ギリ間に合ったか?」
ゼフェルが頭をガリガリと掻きながら、ねみぃ、と言いつつ手提げの紙袋を手渡している。
「はい、ありがとうございます、ゼフェル様!」
紙袋を受け取りながらにっこりと微笑むアンジェリーク。
「おう、すげー力作だぜ。おめーの頼みじゃ断れないもんな」
「良かったぁ、ゼフェル様がいてくださって。さすが頼りになりますねー!」
「だろー、だからオレにしとけってーの。ぜってー後悔させねーのに」
そう言ってゼフェルはくしゃくしゃと彼女の髪を撫でた。
「も~~~っ、折角整えてたのに何するんですか!」
「とにかく期限は守ったからな、約束の激辛チキンカレー一週間分ヨロシクー」
「本当にそんなのでいいんですか? わたしとしては助かりますけど……」
ゼフェルの赤い双眸がまっすぐに、それでいて優しい光を帯びてアンジェリークを捉える。
「……ああ。おめーが幸せなら、それでいい」
会話の内容は遠くて聞き取れない。
だがゼフェルがアンジェリークの頭を撫でた瞬間、胸の辺りが思いきりぎゅうと痛んだ。
軽々しく触れるなと、喉まで出掛かった。
自分にそんな権利はなにひとつないというのに。
頭ではわかっている。
彼女は女王候補で、自分以外の守護聖とも同じように接してきたはずだ。
眩しい笑顔を向けられていたのは何も自分だけじゃない。
それに、あの二人ならとてもよく似合っている。歳も近いし話が合うだろう。
普段から仲がいいのも知っていた。
ただ自分が勝手に……あの笑顔が自分だけに向けられたものだと、うっかり思い込んでいただけのことだ。
二人の話は続いていた。
「なあ、ほんっとにあいつでいーのかよ? おっさんだぞ」
おっさん、の一言にジト目で睨みつけるアンジェリーク。
「失礼ですね、いいんですーっ。わたしのオンリーワンなんだから!」
「へーへー、わーったよ! おっさん相手じゃ敵わねーから諦め……る……」
途端に狼狽えた赤い瞳。その視線を辿った先にいたのは。
「ルヴァ様……!」
アンジェリークと視線がかち合った瞬間、ルヴァは弾かれたようにその場を逃げ出していた。何か酷いことを口走ってしまいそうで、とても、怖かったのだ。
そして、嫉妬というものが、こんなにもじくじくと胸に去来するものだとは思いも寄らなかった。