あの人へのHappy Birthday
そして、七月十一日の夜七時。
「アンジェ、今日の執務はもうお終いにしましょう」
一通り目を通してサイン済みの書類を、とんとんとまとめてロザリアが告げる。
「え、もういいの? まだこんなにあるけど……」
不思議そうにロザリアを見るアンジェリーク。
「明日でも充分間に合うわ。それよりちょっと用があるのよ、一緒に来てくれない?」
二人は女王執務室を出て、美しく磨かれた聖殿の廊下を歩く。
「ねえロザリア、どこへ行くの?」
「オリヴィエのところよ。いい布地が手に入ったとかで執務室に寄って欲しいと言ってたわ」
「えええ? こんな時間にどういうこと?」
「さあ。ドレスでも仕立ててくれるんじゃないのかしら。前もあったじゃない」
嘘八百を並べながら、アンジェリークを連れて行く。ここまで計画は順調だ。
「オリヴィエ、陛下をお連れしましたわ」
「こんばんは、オリヴィエ」
「いいよ、入って。ごめんねこんな時間に。
陛下にね、すっごく似合いそうな服があるから、ロザリアに呼んでもらったんだよ」
オリヴィエは笑顔で部屋の奥へ行き、衣装を手に戻ってきた。
「ほら、これなんだけどさ。ちょっと着てもらってもいいかなァ」
「わあ……きれいね!」
アンジェリークが衣装に視線を落としている間、その後ろでオリヴィエとロザリアが視線を合わせて頷きあった。
「さあアンジェ、こちらで着替えましょう」
ロザリアに案内され、更衣室に押し込まれるアンジェリーク。
「わたくしはここにいるから、何かあれば呼んで頂戴ね」
「うん、ありがとうロザリア」
アンジェリークが着替えている間に、オリヴィエはすぐさま装身具と花冠を用意する。
花冠はマルセルの渾身の力作で、薔薇を使って丁寧に編まれておりリストレットとお揃いになっている。
落ち着いた色合いのローズピンクに白、そしてグリーンの上品かつ可憐な花冠は、オリヴィエの用意した繊細な生地の雰囲気と良く合っていた。
「アンジェ、どう?」
更衣室の前でロザリアが声をかけると、アンジェリークがひょっこりと顔だけ出した。
「あの……これ……着てみたらなんかあちこち透けてて、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
ロザリアが中を確認して、思い切りカーテンを開けた。小さい悲鳴が聞こえる。
「ちょっ……ちょっとロザリアぁ! 恥ずかしいってば!」
肌もあらわな格好で恥ずかしそうに胸元を隠すアンジェリーク。
「あらいいじゃない、似合ってるわよ。ね、オリヴィエ」
「うん、とっても素敵だよ。さあ、もうちょっと飾っちゃおう! ロザリア、メイクもするよね?」
「当然ですわ。これじゃ地味すぎますもの」
そして、淡くメイクを施され花々や宝石に彩られるアンジェリーク。
「ね、ねぇ。これどういうことなの? なんで?」
全く意味がわからず混乱しているアンジェリークをよそに、二人はとてもご機嫌な様子。
「……さて。もういいよ、出ておいで」
オリヴィエがパンと手を叩くと、別室に控えていたゼフェルとマルセルが姿を現した。
マルセルは花冠を届けた後に自分もきれいな陛下が見たい、とゴネてそのまま待っていたのだ。
「マルセル、それにゼフェルも……?」
ますますわけがわからない、という顔のアンジェリークに、マルセルが声を上げた。
「うわーっ、すっごく可愛いね!」
「バカ、声でけーよ!」
慌ててマルセルをつつくゼフェル。
「あっ、ごめん。アンジェ……じゃなかった、陛下。妖精みたいで本当に可愛いよ」
「おいオリヴィエ、これちょっとやりすぎじゃねーのかよ」
肌が出すぎだ、とゼフェルが悪態をつく。
「なぁにーゼフェル〜。少年には刺激が強かったかナー?」
ニヤニヤとからかうオリヴィエをきつく睨み返すゼフェルだが、その頬は赤い。
「っせーよ! 準備できたんなら行くぞ!」
作品名:あの人へのHappy Birthday 作家名:しょうきち