名前を呼んで
「佐助っ!!」
幸村は唐突にその場に居ない者の名前を叫んだ。ところが「はいはい」と、軽い返事が返される。それと同時に辺りは霧に覆われた。自分の伸ばした手先まで見ることができなくなる。
「猪口才なァ・・・」
怒気を含む声が、炎の上がる音と共に聞こえた。すると、たちどころに霧が晴れた。炎と共に松永の姿が現れる。恐らく風圧と熱気で蒸気が飛ばされたのだろう。辺りの気温が上がっていた。視界が霧によって閉ざされ、また開かれるまで僅かな時間しかかからなかった。だが、先ほどまで松永の隣にあった政宗の姿はなくなっていた。
「俺様にかかればこんなもんよー。ね、旦那?」
軽い口調で話す佐助が、横抱きにした政宗を幸村の目の前に持っていき、落とした。幸村は慌てて政宗を抱きとめる。幸村は衝撃を与えないように政宗の上体を腕の中においたまま、ゆっくりと地に寝かせた。そして規則正しい呼吸を確認し、何事もなく安心したのか、僅かに笑みを浮かべて一度だけ政宗の髪を梳いた。政宗を落としてすぐに松永に体を向けていた佐助は、その様子を横目で見ていた。
「まったく。俺様がここに来なかったらどうするつもりだったんだよ、旦那。危険を冒してまで逢引とは、随分お熱じゃないの」
「あ、逢引だと!?ち、ちち違うぞ、佐助!某はそのようなつもりは・・・・」
「おっと、あちらさんがお怒りのようだ。さーて、どうする?」
ゆっくりと近づいて来る松永を見た佐助は、腰につけていた手裏剣を手にし、クルクルと回し始めた。戦闘態勢に入ったようだ。一方、幸村は静かに政宗を横たえ、佐助の背に手を伸ばす。出かける前に背負っておくように言っておいた幸村の槍がそこにあった。両手に自身の槍の重さがかかる。
「某が出ようぞ!黙って見ているなど、某には出来申さん」
幸村は佐助の一歩前に出て槍を構えた。それと同時に槍の先から炎が上がる。
「やれやれ。分かったよ旦那。思う存分暴れてきて頂戴」
そう言って武器をしまおうとする刹那、佐助の目つきが鋭くなった。仕舞うはずだった武器を横に投げる。途端に金属がぶつかり合う音が鳴り響いた。
「チッ!こりゃまた厄介なのが出てきたねぇ」
佐助の手裏剣を撃ち払ったのは風魔小太郎だった。
「・・・・・・。」
無言で武器を構える。あまりに静かで周りに溶け込むかのようだ。
「無言かよ。さすが伝説の忍様ってか」
佐助の声には若干の怒りが混じった様に感じる。先ほどまでとは打って変わって、殺気が滲み出ていた。
「うっ・・・」
ここでようやく政宗に意識が戻った。今まで握り締めていた得物を手放し、頭を押さえつつも上体を起こして辺りを見渡す。そこには松永と対峙する幸村と、風魔と向き合う佐助の姿があった。政宗は一瞬眉を潜ませる。そして直ぐに今の状況に気付いたのだろう。自分の得物に手を伸ばした。だが、肝心の得物には刃が無い。既に崩れ去っていたからだ。政宗は一度、諦めたように両手を顔付近まで持ち上げ、首を振ってから胡坐をかいて見守る事とした。さすが奥州の筆頭と言えるだろうか。何も持たないにもかかわらず、力強さがそこにはあった。