名前を呼んで
「旦那っ!!!!」
佐助が叫ぶ。そちらを見ると、佐助の前にあった風魔の姿はなかった。佐助よりも早く移動したと言うことなのだろうか。呆気にとられた幸村に突如風が吹く。幸村がそれを感じた時、既に風魔の短刀が幸村の首に触れていた。刃の触れている部分から僅かに血が流れる。
「・・・っ!」
突然短刀を突きつけられ、己の首から血が流れたことで驚愕する幸村に対し、風魔は一歩で大きく後退して幸村との距離を置き、次の攻撃態勢に入った。それに呼応するかのように、幸村は一呼吸置いて槍を構える。
「待った!!」
彼の視界に迷彩柄が入った。佐助だ。幸村の前方に立ち、左腕で幸村の行く道を阻む。そのままの体勢で顔のみ幸村に向けた。
「忍相手にゃ忍っしょ。旦那は下がってな」
「佐助・・・」
「なに旦那、俺様のこと心配してくれてる?ありがたいねぇ。」
笑みを浮かべながら言った佐助の声色はいつもと同様、愛嬌があった。だが顔を風魔に向けた次の瞬間、明るかった声のトーンが下がる。
「だったら離れていてくれよ。俺は旦那を守る忍だ。竜の旦那を守るつもりはない。だから旦那は竜の旦那を護ってな」
「待て、佐助!!」
幸村が叫ぶが、佐助は言い終えると同時に地を蹴っていた。僅かに遅れはしたが、風魔も音もなく地を蹴る。刹那、激しい金属音が幾度となく鳴り響く。目にも留まらぬ速さで相互が攻撃を繰り出し、また跳ね返している。幸村はそれを目で追うだけで必死だ。そんな彼の足元にクナイが刺さる。どちらかが投げたものが打ち返されたのだろう。刺さる前、空中で回転していた。この危険な状況を気にもせず、幸村は尚も戦況を見続ける。
「おい、真田幸村!」
ここで幸村に後ろから声がかけられた。幸村は声の主である政宗に振り返る。すると、政宗は人差し指で来るように合図を送ってきた。幸村は一度首をかしげてから政宗に歩み寄る。そして言葉を発した。
「いかがなされた、政宗殿。某・・・」
「アンタの忍が言っていただろう?オレを護れと」
その言葉に幸村はハッとした。
「そ、そうでござった!申し訳ござらん。政宗殿は丸腰だと言うのに、某と来たら・・・」
言いながら項垂れていく。反省をしているのが明らかだ。
「Ah?んなこと気にすんな。・・・なぁ、アンタあの忍の言うことに従うのか?」
「従う、でござるか?左様な事はあり申さん!政宗殿を護りたいと言うのは某の意思。佐助はそれに気付いたまででござる!」
「・・・そうか。」
屈託ない笑みを浮かべる幸村から、政宗は僅かに目を逸らす。目を逸らされた理由が分からずにきょとんとした幸村であったが、すぐに我に返った。
「では某、政宗殿の後ろを失礼いたす。」
言いながら政宗の左側、それも一歩下がったところに立つ。何も知らぬものが見たらあたかも主従のようだ。すると政宗は、後方に立つ幸村に視線もやらずに言った。
「・・・オレの背中を護るのは小十郎だ。それにアンタがそこにいるのは変だ。調子が狂う」
すると間を置いて幸村が政宗の真後ろに移動した。間髪を容れずに両腕を政宗の肩に乗せ、自身の右手首を掴んで輪を作る。
「政宗殿」
幸村が耳元で低い声をだす。彼の吐息が政宗の髪を揺らし、さらに肌に触れる。一瞬だが、僅かに肩が上がった。これは政宗が幸村のしていることに反応していると、明らかに物語ったようなものだ。幸村は口元に笑みを浮かべた。