神の真意を汲む化石
そして数刻後。
「失礼しまーす。ルヴァ様、チューリップを持ってきました!」
「ああ、今開けますよ。ちょっと待ってくださいねー」
両手が塞がっているマルセルに代わって扉を開けた。
新品種のチューリップを抱えて、緑の守護聖はにっこりと微笑む。
「ありがとうございます。えっと、花瓶はいつものところですか? ぼくが活けてきますから」
「いつもすみませんねー、ではお願いしますよ。その間にお茶を淹れておきますからね」
チューリップを活けた花瓶が執務机の上にそっと置かれた。
「お花はここに置いておきますね。もしお邪魔でしたら、窓辺にでも」
「ありがとうマルセル。とても綺麗に咲いていますねえ。さあ、あなたもお茶をどうぞ」
「はーい。いただきまーす」
マルセルはふうふうと息を吹きかけつつ熱い緑茶を飲んでいた。
「ところで、マルセル。先程はどんな話をしていたんです? 私とアンジェリークの名前が挙がっていたように聞こえたのですけれど」
思い切って話を切り出した瞬間、マルセルの動きが止まった。
「話しても構いませんけど……先にぼくから伺ってもいいでしょうか」
湯飲みをそっとテーブルに置いて、マルセルの長いまつげが伏せられる。
「ルヴァ様はアンジェリークのこと、どう思っているんですか」
ルヴァは湯飲みから立ち上る湯気を見つめながら、暫し考え込んだ。
マルセルが訝るのも無理はない。自分でも踏み込みすぎていると思うくらいだ。
「ええっと……少し情けない話ですが、あなたには正直にお話しますね」
「はい」
「その……好きか嫌いか、という意味では、好きなのだと思います。気になっている、というのが一番近いかもしれません」
頭の中で慎重に言葉を選びながら、お茶を口に含む。
「ですから、あなたがたが彼女の部屋へ招かれている様子だったので……いい歳をしてみっともないですが、その、気になって」
「ルヴァ様は、アンジェリークの部屋に入ったことがないんですか?」
驚いたように目を丸くさせるマルセル。
「ええ、ないんですよ。一度も」
「あー……ぼく、なんとなくわかっちゃいました」
顎に人差し指を当てると、それからにっこりと笑って立ち上がった。
「やっぱりごめんなさい。アンジェリークが内緒にしたがってることを、ぼくからは言えません。だからヒントだけ」
マルセルが扉へと足を向けた。ルヴァに背を向けたまま少し俯いて彼は言う。
「例えばぼくだったら、ぼくがカティス様に品質の悪いワインを贈るようなもの」
「あ……マルセル、待ってください。もう少しヒントを」
ルヴァも慌てて扉へ向かったが、マルセルは笑顔のまま首を横に振った。
「……どこまでぼくたちの話が聞こえていたか分かりませんけど、あとはアンジェリークに確認してください。お茶、ごちそうさまでした」
そうして静かに閉じられた扉の前で、呆然と立ち竦んだ。
頭の中で、今聞いたばかりの言葉を思い返す。
マルセルがカティスに、品質の悪いワインを贈るようなもの……。
カティスはワインに関して抜きん出た才能を持ち合わせていた。
そのいわばプロの彼に、品質の悪いワインを贈るような……。
────結構前から原石集めてるんだって……
────アンジェリークの部屋であの棚だけ違和感……
ふとマルセルとゼフェルの言葉が蘇り、確信に近い考えが頭をよぎった。
彼らが招かれて、私が招かれない理由、それは。
「あなたの好きなものの良し悪しを、私が誰よりも知っているから……でしたか」
人より多少物事を知っているということが、あなたを遠ざけてしまう原因だったなんて。
「……知りたくなかった答えなど、今までなかったような気がしますね……」
導き出された答えはルヴァの胸中に突き刺さり、抜けない棘のようにいつまでも痛んだ。