神の真意を汲む化石
それからしばらくして、ルヴァはアンジェリークとともに公園へ来ていた。
やはり彼女とのひと時は今日もあっという間で、名残惜しさを抱えたまま部屋へと送り届けた。
「アンジェリーク。手を出してください」
アンジェリークは不思議そうな顔をして、両手を差し出す。
「どうか受け取ってください。……今日の記念にね」
そっと手の中に渡された小さな箱。
「……? なんですか? 開けてみても構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
にこにこと微笑むルヴァの前でアンジェリークが箱を開け、驚きで翠の瞳が零れんばかりに見開かれた。
「えっ、あの、これって……あの、でもっ」
ルヴァのほうへ戻そうとするその手を上からやんわりと抑えた瞬間、少しだけ触れた熱に胸が高鳴る。それを悟られないようすぐに手をよけた。
「手持ちの石から加工しただけなので、いらなかったら捨ててください。……あなたと過ごす時間が、私には本当に楽しくて仕方がないんです。ですからこれは、そのお礼です」
部屋へ戻ったアンジェリークは箱の中で輝くペンダントを手に取り、深くため息をついていた。
「……どうしよう」
渡されたのはシトリンのペンダントネックレス。
おもむろに棚の下にある引き出しから、標本箱を引っ張り出した。手持ちのシトリンのタンブルと比べても、これは明らかに上質だとわかる。
「……これって普通に5Aグレードかそれ以上いってそう……」
遠目にはありふれたドロップカット加工に見えるけれど、間近で見ればこんな独創的で美しいカッティングは見たことがない。
手持ちの石、と言っていた。
全宇宙から鉱石をあれだけ集めている彼のことだ、恐らくこれは天然のシトリンだと思われる。
それで5Aクラスともなれば品質もさることながら、更にこれ程の技術で加工されたものになると価値がガラリと変わってくる。
かつて少しずつ天然石を集める内に自然と覚えていった知識が、このペンダントの素晴らしさを余すところなく教えてくれていた。
十七歳の少女が持つにふさわしい可愛らしさと清楚さがあり、数多のドレスだけではなく私服にも合わせやすい落ち着いた色味。それでいて上質なものを選んだ彼のさりげない気遣いが、堪らなく嬉しい。
じわりと込み上げてくる涙を堪えてよく見れば、箱の隅に小さなメモが挟まっていた。
────シトリンが持つ石の意味、あなたならきっとお分かりでしょうね。
シトリンは困難や壁が生じても克服する知恵や勇気を与えてくれる石だ。思考や好奇心を高めて前進する努力を継続させ、大きな成功へと導く力を秘めている。そしてその反面強い癒しの力も併せ持ち、迷いや悩み、不安を穏やかに鎮めてくれると言われている。
それはまるで、いつだって優しく励まして、大丈夫だと言って支えてくれる……ルヴァその人のような石。
「どうしよう、こんな……」
ひくりと喉が引き攣れて、とうとう嗚咽が漏れた。
(これ以上好きになっちゃいけない方なのに。あの方はこの宇宙の守護聖様なんだから)
初めて聖地に来た日のことを、今でもはっきりと覚えている。
あのひとだけが、あの日震えた声で挨拶をしたわたしを見つめて、にっこりと微笑んで頷いてくれた。
場違いな者へと向けられた遠慮のない好奇心や侮蔑、嘲笑を含んだ視線の中で、あのひとだけが。
この煌びやかな世界に今でもどこか気後れしているわたしに、あなたはあなたのままでいいから自信を持って、と励ましてくれた。
あのひとの包み込むような優しさが、いまはとてもつらい。
知れば知るほど運命のひとのように思えてきて、逢う度に磁石みたいにどんどんあのひとに惹かれていく気持ちを抑え切れない。
彼が資料用に鉱石を集めていることは、以前オリヴィエ様から聞いて知っていた。知っていたからこそ、自分の原石集めについては知られたくなかった。
だってきっと、わかってくれるのが嬉しくって近付く理由を作り出してしまう。そしてあのひとは呆れずにいつまでもわたしの話を聴いて、優しく返してくれる。そうしたらもっと惹かれてしまいそうで、怖かった。
……そしてその危惧はいまや現実のものとなってしまった。