神の真意を汲む化石
それから更に数日が経ち、アンジェリークはルヴァの執務室へと行けずにいた。
(ちゃんとお礼を言わなくちゃ……って、頭ではわかってるんだけど、この顔は恥ずかしくって見せられない……)
あれからまともに眠れない。ペンダントは箱にしまいこんで毎晩抱き締めて眠ろうとするものの、寝付けないのだ。
眠気はあるのに、眠いのに、何故か寝付けない。今朝に至っては肌荒れと目の下のクマの他、寝不足から来る頭痛までし始めていた。
廊下を重い足取りで歩いているとクラヴィスの執務室からリュミエールのハープの音色が微かに聞こえてきて、すがるような思いで訪ねた。
「……どうした。酷い顔色をしているが」
闇の守護聖はいつものようにぶっきらぼうな調子で言い放つ。リュミエールはその近くで心配そうにアンジェリークに声をかけた。
「アンジェリーク、今日は元気がないようですね」
「ここ最近、眠いのにどうしても寝付けなくて……気付いたらリュミエール様のハープの音につられて来ちゃいました」
「…………そうか」
クラヴィスはただじっと目を細めてアンジェリークを見つめた。
ふ、と微かに笑う。
「案ずることはない。ここで暫し眠っていけ。……リュミエール、何か弾いてやれ」
「かしこまりました。さあアンジェリーク、こちらへ」
リュミエールの側の長椅子に腰を下ろし演奏に耳を澄ませた途端、急激な眠気に襲われた。
眠りに落ちる直前でクラヴィスの声が聞こえて、そのままふわふわと漂っているような感覚に身を任せた。
「二時間ほど眠れば回復するだろう……今は騒いでいるだけだ、いずれ時が解決する……」
目を開けると、先程までのだるさや頭痛が嘘のように消え去り、すっきりとしていた。
「……目覚めたか」
アンジェリークがこの部屋に入ってきたときと変わらぬまま、クラヴィスが座っている。リュミエールはいつの間にか退室しているようだった。
「あ……すみません、すっかり寝入ってしまって」
慌てて身を起こした。
「構わぬ。今のおまえには闇の安らぎが必要だったようだからな」
クラヴィスはタロットを手繰りながら、ちらりとアンジェリークを見る。
「あれらはおまえを護ろうと騒いでいるのだ……声を持たぬが故に知らせようとおまえの眠りを妨げているが、な」
「えっ……?」
護る、とはどういうことだろう。眠れないことと何か関係があるのだろうか。
「おまえが持つ、声なきものたちの事だ……いずれ治まる」
声なきものたち。その言葉にどきりとする。
「どういう……ことですか?」
クラヴィスの長い指が、す、とアンジェリークの鎖骨の辺りを指差した。
「……今身につけているものは……ルヴァから、だな?」
アンジェリークはひどく驚いて、服の下に隠れているペンダントを服越しに手で抑えた。
その慌てた様子を見て、クラヴィスの口の端がふ、と上がった。
「それは長年地のサクリアの間近に在った石だ。香を炊けば香りがつくように、それにもまたサクリアが移る……暫くの間はな。その影響で、声なきものたちの力も増した……」
「サクリアって、持ち物とかに香りみたいに移るものなんですか?」
もうこの際、無知を承知で尋ねた。それ程にクラヴィスの発言は突拍子もないものに思えた。
「では原石というものは何処から採れる? その源は何だ。おまえは既にそれを知っている筈だろう」
「あ……っ!」
原石たちは皆大地から生まれた結晶だ。人々は進化の過程で知識と知恵を使い、大地からの恩恵を余すことなく活用しながら発展を遂げていく。
「……おまえは女王候補だな。女王とは星々の声に耳を傾けねばならぬ……このことは知っているな?」
「はい」
「原石とて星から生まれた一部だ」
クラヴィスはタロットを手繰る手を止め、肘をついて気だるげにアンジェリークを見つめる。しかしその視線は優しい。
「人や動物だけが物申すわけではない。全てのものは例え言葉がなくとも何かを伝えているのだと、思う……。だが聞き取れるものがいなければ誰も気付かぬ」
「声なき声をも聞く……それが、女王陛下のお力……?」
それへの答えはなかったが、クラヴィスのまなざしは穏やかなまま、手元にある水晶球へと移った。
「今はまだサクリアの影響を受けた小さな欠片からだが、女王の素質を持つおまえは星の声をその身で聞き取り始めているのだろうな……」
「……」
「……寝付けぬようなら明日また来るがいい。……今日はもう帰れ」
初めの頃はそっけないと思っていたこんな言葉も、今ではその奥にある優しさが伝わってくる。
「はい、ありがとうございました、クラヴィス様。失礼します!」