神の真意を汲む化石
アンジェリークは部屋に戻り、クラヴィスに言われた通り原石の選別作業を始めることにした。
一つを手に取り、じいっと待つ。
(……う。正直よくわからない……っ)
次々と手に取ってなんとなく待つこと数回、ある一つの群晶を手に取ったときにその感覚は訪れた。
いきなりぴりっと静電気のような刺激が奔った。ひとまずそれを横により分けておく。そんなことを繰り返していくうちに、刺激が奔るものと奔らないものとに分けられていった。
クラヴィスは石たちがアンジェリークを慰めていて、シトリンを責めていると言っていた。
(ぴりっとしたのは、怒っているのかなあ。みんな心配かけてごめんね、護ってくれてありがとう)
今まで石に話しかけたことなどなかったのに、自然とそんな言葉が出てきた。
(けんかしちゃだめよ。みんな仲良くしていてね)
そう願ったとき、ふと胸元に熱を感じてペンダントを引っ張り出すと、シトリンが明らかに熱を放っていた。
突然さらさら、きらきら、と心地よい音が辺りに響き渡る。その優しい音色は大地の守り歌のように感じるほどアンジェリークを温かく包んで、深い眠りに誘った。
部屋に射し込んだ光が顔に当たり、その眩しさにうっすらと目を開けた。
(……あれ、寝ちゃってた。えっ、今何時だろ)
むくりと体を起こして時計をみると、時刻はすでに朝八時になっていた。
(昨日は夕方に選別作業を始めて、それで……これが熱くなって、眠くなっちゃったんだっけ)
シトリンはひんやりとして昨日の熱さなど微塵も感じられなかった。
アンジェリークはより分けたままの石をひとまずそのままにして、大急ぎで身支度を整えてから真っ先にクラヴィスの執務室へと向かった。
「クラヴィス様! 大変ですっ!」
執務室に慌てて駆け込んで、うっかりノックをし忘れたことに気付いた。
「……なんだ、騒々しい……」
クラヴィスは鬱陶しそうに髪をかき上げ、眉を寄せている。
「ごっ、ごめんなさい〜っ。あの、あの、昨日選別してたら、ペンダントが熱くなって、それでっ」
ひどく眠そうな顔のクラヴィスが目を閉じ、二人の間に暫し静寂が訪れる。
「……サクリアの名残が、消えている」
「なんか、凄く綺麗な音が聞こえたんです。そしたら、さっきまでぐっすり寝ちゃってて……」
あの音色が聴こえてきたとき、なんだか陽だまりにいるように体がぽかぽかと温かくなって……一瞬目を閉じただけと思う程に熟睡していた。
「それが声なきものの声だ……『それ』を通しておまえと話が通じたからには、もう騒ぐまい」
「じゃあ、昨日より分けたのはどうしたらいいんでしょう?」
その言葉に、さも可笑しそうにクラヴィスがくく、と笑う。
「……おまえがいっぺんに大人しくさせておいて、どうしたもこうしたもあるか……」
きょとんとした顔でアンジェリークはクラヴィスの顔を見る。
「わたしが? どういうことですか?」
「……私がそれを教えても構わぬが……そろそろ顔を出してやってはどうだ?」
敢えて誰のところへとは語らないクラヴィスの視線は、穏やかにペンダントへと注がれていた。
「良い品だな……身につけている所を見せてやるがいい。喜ぶだろう……」
一晩ぐっすりと眠ったら急にルヴァの顔が見たくなって、アンジェリークははにかんだ。
「……はいっ。それじゃあ、早速顔を出してきますね。ありがとうございました、クラヴィス様」
「アンジェリーク」
クラヴィスは踵を返したアンジェリークを呼び止めた。
「その石はおまえを良く護るぞ。元の持ち主と同じように、な……」
頬を染め満面の笑みで小さく頷いたアンジェリークを、クラヴィスは微笑ましく見送った。
クラヴィスの執務室を出て、アンジェリークの足取りは軽やかにルヴァの執務室を目指す。
(うー、ちょっと間あけちゃったからなんだか緊張するわ。でも……逢いたい)
扉の前で深呼吸をして、二回ノックをした。
「はい、どうぞお入りなさい」
いつもの優しい声が聞こえた途端、胸の鼓動が煩く騒ぎ出す。
そろりとすり抜けるようにして足を踏み入れ、そっと扉を閉じた。