こらぼでほすと 七十数年後の話
「今日は、はしゃいだから寝るのが早かった。普段は倍くらいは起きてて、それから数時間したら起きる。覚醒は腕のリングで感知できるから大丈夫。」
「それなら、俺は、同じ部屋で寝起きするから手配してくれるか? 一々、飛び起きて行くのも面倒だ。」
「そういうと思った。次に、彼女が起きたらベッドを運び込むよ。他に必要なものは? 」
「これといっては・・・ああ、なんか雑誌とか欲しいな。」
「じゃあ、携帯端末で選んでくれたら届くようにしておく。・・・・ごめんね、ママ? 」
「謝る必要はないさ、キラ。これは、俺の仕事みたいなものだ。・・・おまえがいてくれて助かってる。」
キラは、すでにプラントでの仕事は引退しているから、どこで過ごしてもいい身分だが、彼女のことを慮って留まっている。この枷が消えたら、キラも自由だ。
「あははは・・・僕しかいないんだから、しょうがないよ。それに、何かと相談事は持ち込まれるから、刹那みたいに自由行動も難しくてね。」
「もういいだろう。」
「そう思うんだけど、困った顔されると、ついついね。・・・・これが終わったら行方不明になろうかと思う。」
「なら、しばらく、うちでぐーたらしてろ。猫の話し相手の仕事がある。」
「ああ、いいね。それは大切な仕事だ。」
ふたりして窓から庭の様子を眺めつつ会話した。さほど、時間のかかることではない。これからのことを少し話した。キラも、ニールよりは少ないが、見送ってきた。これから、自分の帰し方について考えてもいい。
「キラ、ライルの話し相手の前に、こちらの主要スタッフと俺の顔繋ぎを頼みたい。それと現在のプラントの防衛状況やらの確認もさせてもらいたいんだが? 」
「わかってる。少し時間をくれるかい? うちの子たちを紹介するよ。データも揃えさせる。それと、ティエリア、僕のほうも相談があるから。」
「それは後にしよう。ニール、少し横になりませんか? 疲れたでしょう。」
イノベイドのティエリアは、宇宙の往復ぐらいは訳も造作もないが、ニールは、すっかり民間人だ。移動だけでも疲れるものだ。キラも、じゃあ、客間に、と、踵を返す。
「そうだな。ちょっと横になる。」
それほど疲れていないが、ニールがいては、できない話もあるので席を外すことにした。
深夜近くに、目を覚ますというので、ニールは看病用の椅子に腰掛けていた。眠っている時間が長くなる。それは以前にもあったことだ。これは幸せな帰し方だとは思うが、眠るまでの時間は寂しいものでもある。それを補えるのは、有り難いとニールも考えている。ずっと世話をかけていた相手に寂しい思いをさせずに済むからだ。とんでもない身体になった分の代償としては、かなり贅沢な悩みでもある。扉が静かに開いて、キラがやってきた。体調の確認をさせているリングからの連絡が入ったのだろう。
「ティエリアは? 」
「今、ヴェーダとリンクしてる。報告しないと、リジェネが仕事をしてくれないんだって・・・・そろそろ覚醒すると思う。」
「・・・そっか・・・」
「ベッドを運ぶのは明日にするね、ママ。明日の朝まで起きないから。」
「わかった。」
眠っているだけのお姫様は、静かなものだ。それを眺めていたら背後から抱き締められた。
「僕も、最初は慣れなくて泣いたんだ。・・・・でも、もう慣れたよ。ママは、まだまだ続くんだね。」
「でも、もう残ってないぜ? あとは刹那ぐらいだからさ。」
ほぼ、『吉祥富貴』の主だったスタッフはいなくなった。残っているのは人外組ばかりで、ここからはニールの希望する願いが叶うまでの時間になる。
「そうだね。刹那は長生きだもの。・・・・ママは変わらないね。」
くんっと髪の毛の匂いを嗅ぐ音がする。それから耳にキスをされる。
「・・・こら・・・・」
「僕も寂しいんだよ? お相手してくれない? 」
「無理。」
「ああ、僕、どっちもできるんだ。だから、マグロで結構なんで。」
「え? 」
「たまには、温かい体温というのも感じたいって思うんだよねぇ。ずっと、一人だったし彼女の側から離れられないし。」
「抱き枕でよければ? 」
「もうちょっとスキンシップ過多でお願いしたいな? 」
「何十年もやってないから無理だよ、キラ。俺、そういう気分に盛り上がらないからさ。」
「特区でも引く手あまたってリジェネから聞いてるけど? 」
「亭主が本気で、相手を殺しに行くから、誰も本気でやらなくなった。それからは平和なもんだ。・・・・今は、呼び出しされても酒盛りの相手とかぐらいのことだ。」
「じゃあ、お試しで。」
「いいけど、俺だぞ? 」
「ママ、今は見た目に僕より若いから、なんとかなると思うんだけどなあ。・・・・・あ・・」
ぐりぐりと背後から摺り寄って来ていたキラは動きを止めた。目の前では、怒りオーラ全開で笑顔のお姫様だ。釣られてニールもベッドのほうへ向いた。
「ごきげんよう。メシ食えるか? 」
「・・・少しいただきたいです・・・・明日はママの雑炊がよろしいですわ・・・」
「わかった。キラ、連絡してくれ。」
はいはい、と、キラが内線で連絡をする。くいくいとお姫様がニールの手を引っ張ってくる。顔を寄せると、「ダメです。」 と、断言した。
「ん? 」
「ママは私の看病にきているんです。キラと仲良くしすぎてはいけません。」
「そういうもんか? 別にいいだろ? 」
貸してくれ、というなら、そうですか、は、ニールのいつもの反応だ。だが、お姫様は、ものすごーく爽やかな笑顔で背後にお怒りオーラを噴出させた。
「私が三蔵さんにチクリます。くくくく・・・・・久しぶりにパパにも、お会いしたいですわ。」
「やめてくれ。あの人、俺が、そういう悪戯すると激怒すんだからな。本気で来るぞ。」
「だから、ダメです。ティエリアとリジェネが私の友達で、よろしゅうございました。あの方たちなら、一瞬で連絡してくれますもの。・・・・よろしいですね? キラ。ママに手を出してはいけません。むしろ、私の添い寝をしてもらいます。」
途中から目が覚めていたらしい。やれやれ、と、キラも頭を掻く。どういう手段を使おうとも坊主はやってくるだろう。殺されることはないだろうが、半殺しは確実だ。坊主当人は、ニールの身体に興味はないが、ニールの身体の使い方については拘りがある。本当に身体を繋げたいというニールの気持ちからの行為なら止めないが、貸与するのは拒否したいらしい。キラもラクスも、それは知っている。
「独占するつもり? 」
「ええ、老い先短い私が優先です。明日、こちらにキングサイズのベッドを用意してくださいな。」
「まだ、短くない気がする。」
「いいえ、これでも高齢者ですもの。ママの添い寝ができるなんて嬉しいですわ。ほほほほほほ。」
ニールの出現で、お姫様は元気を取り戻したらしい。まあ、それはキラにとっても望むものだったから、「仰せのままに、お姫様。」 と、返事した。ニールのほうも笑って片手を横に振っている。
「すまないな? キラ。俺のことは諦めろ。亭主と娘が妨害するらしい。」
作品名:こらぼでほすと 七十数年後の話 作家名:篠義