ShiningStar
陸がやや不安そうに呟くが、士郎は、そーだなー、と呑気な相づちを打つだけだ。
しばらく走っても駐車場が見つからず、さすがに士郎も、まいったな、と呟く。
「士郎、ここを抜けて、山を越えろ」
突然の提案に、アーチャーを振り向いた。すかさず、前を向け、と頭頂を鷲掴まれ、ぐり、と回される。
「で、でも、この向こうは県道の、ほんっとすれ違うのもギリギリの道とかしかないだろ?」
「その先にある」
明確なアーチャーの答えに、士郎は頷いた。
「よし、じゃ、そこだな!」
アクセルを踏み込み、場所探しに減速していた車の速度を上げる。
「まにあう?」
陸がアーチャーに訊くと、
「もちろんだ」
アーチャーは自信満々の笑みで答えた。
「うっわー!」
陸が両手を天へ向けて伸ばす。
「とどきそうだねー」
車を降りた陸は、上着も着ずに展望台の柵まで走っていく。ここは穴場だったのか、他に人がいない。県道脇の小さな展望台のため、あまり地図には大きく載せられていないようだ。
「陸、上着!」
士郎が陸の上着を持って後を追う。だが、その士郎も上着を着ないままだ。
「まったく……」
アーチャーは二人分の上着を持って、士郎の後を追った。
「ねーねー、ながれぼしに三回おねがいすると、かなうのって、ほんと?」
「さあなー。叶うかどうかは知んねーけど、三回も願えるかどうかが問題だと思うぞ」
「え! なんで?」
陸は目を丸くして、士郎を見上げる。
「確か、流れ星って一瞬だったと思うぞ」
「見たことあるの?」
「テレビでな」
「なあんだ、テレビかー」
陸は本物じゃないのか、とがっかりした様子だ。
「三回願えるといいな」
「うん」
頷く陸に士郎は笑った。
展望台に着いて小一時間が過ぎたが、柵にもたれて並んで夜空を見上げるものの、いっこうに流星は見えない。
「ぜんぜんだねー」
見上げることにも疲れたのか、陸は柵にもたれかかって不貞腐れている。
「三時になったところだしな。まだこれからだろー」
士郎が宥めるが、陸のテンションは明らかに落ちきっている。
「ふむ」
アーチャーが顎に手を当てて、しばらく考え、不意に背後から陸の腋を掴んで持ち上げた。
「え? わ! なに?」
陸はアーチャーを振り返るが、アーチャーは高く腕を伸ばして、生真面目な顔をしている。
「アーチャー? 何してんだ?」
士郎も首を傾げながら訊く。
「これで手が届くかもしれないだろう」
「「は?」」
士郎も陸も、ぽかん、だ。
そのままアーチャーは柵のギリギリまで歩み寄った。
「ちょっと、アーチャー!」
アーチャーは高く陸を抱え上げたまま、手が届きそうだろう? と、訊くが、
「し、下、がけ! がけ!」
空中に浮いたままの陸はゾッとして単語しか出ない。
「アーチャー! お、おろして! おろして!」
「なんだ、怖いのか?」
ぐ、と詰まった陸は、
「こ、こわくなんか、ない!」
と強がってしまった。
「そうか。ならば……」
言いながらアーチャーは柵の上に足を掛ける。
「まままま、まって! こ、こわい、こわいって!」
「ふん、弱虫だな、陸」
アーチャーは陸をからかっているようだ。
なかなか流星が見えず、暇を持て余しはじめた陸を退屈させないように気を回したのだろうと、士郎はようやく気づいた。
「ちょっと、度が過ぎてっけど……」
呟きながら、そんな二人を士郎は笑って見ていた。笑っていたが、不意にその頬を雫が伝った。
陸を下ろし、士郎の涙に気づいたアーチャーは、呆然としたままの士郎の腋に手を差し込んだ。
「まったく、お前もか。ガキだな、士郎も」
ふわ、と浮いた身体に士郎はハッとして、まるで子供にやる“たかいたかい”をされている状態に面食らう。
「うわわ、な、なんだよ?」
「陸が羨ましかったのだろう?」
にやり、と笑ったアーチャーに、
「んなわけ、ねーだろ!」
と士郎は喚く。
「下ろせ!」
「遠慮するな、ガキのくせに」
下ろせ、だの、うるさい、だのと悪態をつく士郎をアーチャーは適当にいなしながら、ずっと士郎を抱え上げている。
「あ!」
陸の声に振り返り、その視線の先に、顔を上げた二人は、手の届きそうなほど近くに見える星空に口を噤んだ。
「ながれぼしだー」
陸が歓声を上げる。士郎を抱えたままのアーチャーも、抱えられたままの士郎もしばし言葉も無く満天の星空を見ていた。
星々の間を蛍火のように走り消えていく流星を飽くことなく見上げる。
ぽつ、とアーチャーの頬に水滴が落ちた。
「士……」
呼ぼうとして、口を閉ざし、士郎を抱き寄せて、アーチャーは柵にもたれた。
「っ……、……っ……」
首筋にしがみついて、脚でアーチャーを挟みこんで縋り付いたまま、士郎は涙を流した。
その背を抱えて、赤銅色の髪を撫でて、アーチャーは何も言わない。
ただ士郎が泣くことに言葉は必要ない。それを受け止めるだけだ、とアーチャーは理解している。
くん、と上着の裾を引かれ、目を向けると、陸が心配そうにアーチャーを見上げていた。
す、と指を立て、唇に当てて微笑すると、陸はそれだけで全てを察している。
「おねがい、なににしよっかなー」
陸の明るい声が、星の降る夜空に響いた。
「やっぱ、冷えんな!」
十月に入って、やっと残暑から解放されたと思っていたが、山の上はもう冬の走りのような寒さだ。
「なんかあったかいの買ってくる。陸はコンポタ? アーチャーは?」
「ブラック」
了解、と士郎が自動販売機へ駆けていく。後部座席に座った陸の元気はなくなっている。眠気が襲ってきているのだろう、小学生に徹夜は無理だ。
「陸、眠いのだろう? 横になっていいぞ」
陸に毛布を掛けながらアーチャーは言うが、陸は首を横に振る。
「しろーがコンポタかってきてくれるから」
目を擦りながら答える陸に、アーチャーはその頭を撫でる。
「かまわない、そんなことで士郎が怒るわけがないだろう?」
こく、と頷きながら、陸はアーチャーに従い横になった。そして、すぐに寝息が聞こえる。
「まったく、無理をして……」
子供のくせに、とアーチャーは苦笑する。
アーチャーは陸の気の回しようや、物わかりの良すぎるところを懸念している。無理をしているように見えて仕方がないのだ。忌神を憑かせた身としての責任のようなものを、感じているのかもしれないと思えてしまう。
陸に毛布を掛け直していると、運転席のドアが開き、温かい飲み物を調達してきた士郎が、ふ、と目尻を下げた。
「寝ちゃったか」
「士郎を待つと言っていたがな、限界だったようだ」
頷いて、温かいコーンスープの缶をアーチャーに手渡す。陸の包まる毛布にそっとそれを押し込んで、アーチャーは助手席に乗りこんだ。
「ほい、ブラック」
アーチャーに黒っぽい缶を手渡し、士郎は自分の缶で手を温めている。
「そんな乙女な飲み物を好むとは……」
士郎の手の中の缶を垣間見て、アーチャーは鼻で笑った。
「う、うっせー! 飲みたくなったんだ!」
「言い訳などしなくてもいい。ミルクティーが好きなことなど、凛には内緒にしておいてやる」
「も、お前、黙れ」
作品名:ShiningStar 作家名:さやけ