ShiningStar
失うのだな、と現実感に引き戻される。
漠然と近い未来に訪れる喪失に、息苦しさを感じた。
士郎がいなくなってしまったら、自分はどうすればいいのかと不安ばかりが湧いてくる。
士郎の言うように凛と契約をしたとして、陸を見守りながら、その喪失感はいつか埋められていくものなのだろうか、と、アーチャーはどうしようもない不安感に苛まれる。
「士郎……」
士郎と過ごす日々が楽しい。
だが、楽しいと思う日々が増えるほどに、過ごせる日々は、残り僅かになっていく。
その反比例が口惜しい。
「どうしてもっと早く……」
思っても仕方のないことを思ってしまう。どうして士郎は、めぐり会うまで待ったのか、どうして自分を召喚しなかったのか。
残る月日は八ヶ月ほどとなってしまった。再会してからは、もうすぐ二年になる。あの砂漠の村で契約をしてから二年。士郎と過ごした日々は、こんなにも色鮮やかで温かい。
「どうしてオレを置いていく……」
言いようのない感情。
士郎にはぶつけられない感情がずっと渦巻いている。
なぜだ、と問いたい。
どうして自分を留めたのか。自身が消えていなくなるとわかっていて、どうして自分を探し出して契約などしたのか……。
士郎には“世界”との契約から外したかったと説明されていた。
それはわかっている、それはありがたいと思う。
「だが、どうしてオレを抱きしめてくれるのか……」
どうして、あんなに優しく、とアーチャーは恨み言を吐きたくなる。
苦しくて仕方がない。
いつの頃からか、士郎にはずっと腕の中で笑っていてほしいと思うようになった。
はじめは自分の中で何が起こっているのかわからなかった。殺そうとまでした存在だ。自身を消したいがために、根本となる士郎を消そうとした。その士郎に対する自分の衝動というものに驚くだけで……。
だが、あれこれと悩む間もなく日々が過ぎていく。もう迷っている余裕もない。そんな暇があるならば、士郎と過ごす時間に費やしたい。
苦しい、とアーチャーは思うことしかできない。
こんな気持ちも、士郎のいなくなる現実も、その先にある士郎のいない日々も、そして、士郎が伝えようとしないその想いも、何もかも確かなものが見当たらない。なのに、時間だけが無くなっていく。
(こんな苦しい気持ちにさせておいて、どうして消えるなどというのか、どうして置いていくなどと……)
く、と歯を喰いしばる。
「消えるのなら、もっと非情に徹してほしかった。こんなにも濃厚で熱いのは、オレには酷だと思わないのか、お前は……」
それでも、うれしいと思っている。士郎が抱きしめてくれるのが、優しい温もりを与えてくれるのが。
それに、士郎と抱き合うことをやめられない。何度でも、際限なく求めたくなる。熱く、激しく、貪りたくなる。
「士郎……」
何度もこぼしたその名を、また呼んでいた。
障子をそっと開けると、すでに陸と士郎は眠っていた。ほぼ一日中炎天下で過ごしていたのだ、疲れて当たり前だ。
「まったく、子供だな……」
小さく呟き、布団に横になって天井を見つめる。
(いつまで……)
こうしていられるのだろうかと、また息苦しさにため息をつく。
目元を手の甲で覆った。
言葉にできないことが多すぎて、アーチャーは少し疲弊している。
それを士郎や陸の前では面に出さないが、こうして二人が寝ていたりすると、どうしても物思いに沈んでしまう。
「アーチャー?」
抑えた声に呼ばれ、ぎくり、とする。
目の上に載せた手を退けることができない。
きっと、情けない顔をしている。どうしようもなく不安な、子供のような顔をしている。こんな顔を士郎に見られるわけにはいかないのだ。
答えないアーチャーに、士郎は少し上体を起こした。
「どうした?」
アーチャーは士郎に背を向けるように寝返る。片手は目元を覆ったままだ。
「いや……何も……」
答えた声は掠れている。
そっと肩に触れ、少し丸くなった背に寄り添って、士郎は白銀の髪を優しく撫でる。アーチャーの手を退けたりはしなかった。
「っ……士郎……」
また寝返って、胸に顔を埋めてきたアーチャーを抱きしめて、士郎は白銀の髪に口づける。
「アーチャー、ごめんな……」
何をとか、何がとか、アーチャーは訊く術もない。
ただ、その温もりと優しさを感じていることだけが、今のアーチャーには精いっぱいだった。
(士郎、消えるな……。消えるな。ずっと、ここに、オレの腕の中にいてくれ……)
言葉にはできない。
士郎には言えない言葉が多すぎて、アーチャーは苦しさにもがくように、その身体をキツく抱きしめるだけだった。
*** 流星(サヨナラまで199日) ***
「なあ、なんとか流星群ってのが、明日見えるんだって」
新聞を見ながら言う士郎に、アーチャーは炊事の手を止めて振り返る。
「流星群?」
「うん、ペルなんとか流星群ってやつ」
新聞を見ながら答える士郎に、アーチャーは目を据わらせる。そこに書いてあるらしい記事を読んでいるくせに、正確な名称をすっとばしている。
「それで? その流星群がどうした」
呆れながら士郎の話に付き合うことにしたアーチャーは、カウンターに肘をついて、座卓に広げた新聞を頬杖ついて眺めている士郎を見下ろす。
「うん、別に……」
「ないのか」
「いや、そんなのが見えるんだなーって……、思っただけ」
ぼんやりと答える士郎に、はあ、とアーチャーは、大仰にため息をこぼした。
「見たいのなら、そう言え」
「えっ? み、見たいって、ことじゃ――」
顔を上げて、調理台に立って背を向けていると思っていたアーチャーが、カウンター越しにこちらを見ていることに、士郎は絶句してしまう。
「おま……、いつからそこに……」
バツ悪そうに目を逸らした士郎に、アーチャーは苦笑いを浮かべるにとどまる。
「鈍いな」
うるせ、と悪態をついてから、士郎は顔を上げる。今度は真っ直ぐにアーチャーを見上げた。
「なあ、行かねぇ? なんとか流星群」
琥珀色の瞳を、きらり、と輝かせて、士郎はアーチャーを誘う。
「断るはずなどないことを、いちいち訊くな」
呆れながら言ったアーチャーは調理台に向き直り、夕飯の支度を再開した。
金曜の夜、レンタカーで一路、星が見えやすいと思われる山並みを走る有料道路の展望台を目指した。
「いちばん見えるのは、えーっと、ごぜん、三時から五時のあいだだって!」
陸が朝刊を見ながら説明する。
「陸、あまり字ばかりを見ていると酔うぞ」
「そうだぞー、山道なんだから、新聞は置いとけよー」
士郎がハンドルを握りながらミラー越しに陸に言う。
「うん、りょーかい」
陸は素直に従った。
有料道路に点在する駐車場や展望台を見ながら、観察ポイントを探していく。地図など必要としないのは、アーチャーのスキルが発揮されているからだ。
山頂に近づき、すでに幾つかの駐車場を通り過ぎている。天体ショーに興味のある人は、場所取りに余念がない。良さそうなポイントがあったとしても、すでに人で埋まっていた。
「なかなか、見つかんないね」
作品名:ShiningStar 作家名:さやけ