ShiningStar
その、どこぞのモデルとも引けを取らない二人の体格に、小学生のお父さま方が、奥さまに腹の肉を抓まれ、ため息をつかれたのはあちこちで見られた光景。
そして、昼食の時間になって、その二人が広げたお弁当の完成度の高さに、お母さま方がお手製の弁当を隠し、ご主人たちにため息をつかれた光景。
いろんな意味で注目を浴びてしまっている。
だが、当の三人は、そんな周囲の状況には、全くと言っていいほど無頓着だった。
「しろーだって、たまひろいさせてただろー」
「俺が頼んだわけじゃねーよ。勝手に持ってくるんだから」
「それに甘んじていただろうが」
「お前だって、玉回収したんだろー」
「負けるわけにはいかないからな」
「アーチャーも、まけずぎらいなんだね……」
「このマヌケには負けるわけにはいかないだけだ」
「それが負けず嫌いって、言うんだろ」
士郎がアーチャーを半眼で睨む。
揉めつつも、時々笑いが起こる。周りにいた家族も、くすり、と笑ってしまうような、三人の姿に体育館の中は温かい空気に包まれる。少し普通ではない加茂陸の一家は、こういうところでも注目されていた。
「ねー、おひるから、ちくたいこうリレーっていうのがあるよー?」
居住区を四つに分けた地区対抗のリレーで、各地区の一年生から六年生の男女選抜メンバーとその地区のお父さんが走るリレーなのだという。
「こいつはダメ。反則だ」
士郎はアーチャーを指して即答する。
「反則というなら、士郎もだろう。父親ではない」
「あ、そうだよなぁ」
士郎はその地区の“お父さん”ではない。保護者ではあるが、父親ではないのだ。士郎もそれはわかっている。
「でも、出てって言われるかもね。どう見ても、わかいもん」
陸が冷静な判断をしている。
「まあ、確かに年齢的に、他の保護者と比べればなー」
「だから、ぜったい出てほしいって言われるとおもうよ?」
「まあ、その時は、その時だな」
「おれ、しろーとアーチャーのいっきうちが見たいなー」
「たわけ」
「いやー、俺もやってみたいけどなー」
士郎が挑むような眼でアーチャーを見る。
「ふん。貴様に負ける要素など、全くないな」
「んだと? なら、お前も出ろ、やろうじゃねーか、一騎打ち」
睨み合う二人を、陸が慌てて止める。
「まってよ! おれも見たいけど、ちくたいこうだから、いっきうちはできないの!」
言われて二人は、そうだった、と納得する。
「たのまれるなら、二人のどちらかだよ? ためしにはしって、とか言われるかも……」
「それは、ちょっと……、面白いな」
「しろー、まじめな話だよ!」
なぜか、浮つく士郎に、陸は呆れて、もー、と怒っている。
「はは、悪い。俺は、まあ頼まれてもいいけど、アーチャーは……なあ?」
アーチャーを振り向き、士郎は同意を求めた。
「走れないということにしておくか」
「それがいい」
二人の結論に、陸が頷く。
「わかった。足がダメって言っとくね」
「だめではない」
「いや、そこは拘るなよ……」
結局、午後の地区対抗リレーは、陸の予想通り、頼み込まれた士郎が出場することになった。
「陸、キンチョーすんな。突っ走れ!」
一年生の地区対抗リレーの選手に選ばれた陸は、トップバッターだ。緊張する陸に士郎は、笑って背中を押してやった。
「わかったー」
緊張が解けたのか、バトンを持ったまま陸は士郎に手を振る。アンカーの士郎は、チーム色の青い襷をつけて最後尾に並び、片手を上げて応えた。
ピストル音とともに陸が駆け出す。一年生に運動場一周はきつく、陸はなんとか最後まで走りはしたが、二番手でバトンを繋げるにとどまった。二人目も三人目もその位置を保ったままで、二番手を走っている。
四チームで順位が時々入れ替わり、あまり差がない、いい勝負が続いている。
だが、四年生と五年生の連携が上手くいかず、青チームはバトンを落とし、最下位に。
五年生、六年生とも一生懸命走ったが、差が縮まらない。
コースの半周ほどの差のまま、アンカーの士郎に六年生がバトンを渡そうと手を伸ばす。息も切れ切れの六年生を振り返ったまま、助走をせずに待つ士郎はスタート地点に立ったままだ。
「任せろ」
青チームの六年生は、バトンを受け取った士郎の言葉に顔を上げる。琥珀色の瞳と目が合って、六年生は頷いた。
リレーに出るだけあって、各チームのお父さんたちは、脚に自信がある人らしく、やはり速い。
いくら士郎でも、トップとの半周の差を縮めるのは無理かもしれないと陸は諦めて、バトンを受け取った士郎を見ていた。
各チームを応援しながら観覧している子供たちも保護者たちも、いくら若くても、長身で足が長いといっても、身体能力の高さで他のお父さん方に優っているといっても、この距離を簡単には覆すことはできない、とタカを括っている。
その場にいる全て、いや、一体のサーヴァントを除いた全てはそう思った。だが……。
助走もなしにバトンを受け取った士郎のスタートダッシュは、見る者を唖然とさせた。
そして、二つ目のカーブを曲がりきるころ、すでに士郎は三番手。前傾姿勢のまま直線でさらに加速して、トップギアに入った士郎はあっさり二番手に上がってくる。
カーブに入ったところで、勢いがつきすぎていたからか、足を滑らせながら、左手を地面についた士郎は直角に曲がった。
土煙の中から飛び出した士郎の目には一番手の背中しか見えていない。一番手を走る赤チームのお父さんは、顎が上がってきている。惰性で足が動いている状態で最後の直線に入った。そこへ最終コーナーを大外から、士郎がトップを捉えた。
前を息も切れ切れに走るお父さんは、おそらくその気配に戦慄したことだろう。
凄まじい勢いで迫ってくるその殺気に近い気配に、走っているというより、逃げている感覚に陥っていたかもしれない。
その赤チームのアンカーを追う最後の直線で、士郎は一番の加速を見せた。一足ごとに土を巻き上げる歩幅は二メートルに近い。しかも脚のバネは四十に手が届きそうなお父さんの遥か上をいく。
士郎の一歩ごとに差が縮まっていく。
赤チームのお父さんが恐怖を露わにした顔で後ろを振り返った時には、すでに横に並び、目で追う前に、もう抜き去られている。
「しろー……」
陸はその横顔をただ見ていた。
抜くことができないと、もう無理だと思った差を士郎は覆した。
士郎が陸に言った“突っ走れ”という言葉を、その身をもって、全力で教えてくれた。
陸の見つめるゴール前を、赤銅色の髪をなびかせ、前だけを見据えて、トップスピードで士郎は駆ける。まるで、陸上選手のようにゴールテープを切って、そのまま走り抜けていった。
「し、しろー?」
すごい、と陸が感激していたのも束の間、止まらない士郎は、保護者席に一直線に突き進んでいく。
「しろー!」
陸が思わず立ち上がった。止まれないのだ、と理解して、止めなければ、と陸が思った時には、アーチャーに突っ込んでいた。
誰もが危ないと思っていた。走り切った勢いのまま、カーブの先の保護者席で大惨事が起きる、と誰しもの脳裏にその光景が浮かんでいた。
作品名:ShiningStar 作家名:さやけ