ShiningStar
申し訳なさそうに訊く士郎に、片眉を上げて、アーチャーは苦笑する。
「それが、いいのだろうが」
湯船が狭くなるというのに、どこがいいのか、と士郎が首を捻っていると、アーチャーに笑われてしまう。
「なんで笑うんだよ」
と不貞腐れた士郎だが、一緒に湯船に浸かって、なるほど、と納得した。
(この密着感が、いいのか……)
アーチャーの意見に一票を投じたいと思った士郎だった。
「アーチャー、調子に乗りすぎだろ」
「士郎が誘ったのだろう?」
「そ、だけど、明日も仕事あんのに、三回もすんなよ!」
「我慢ができなかったのだから、仕方がない」
「偉そうに言ってもダ、っん」
「陸が目を覚ますぞ」
「お前がそんなことしなきゃ、声なんか出さねーよ!」
「声を抑えろ」
「抑えてんよ! でも、もう寝てる!」
「眠りが浅ければ、起きる可能性がある」
「わーってるよ!」
「シッ」
「ご、ごめ……って、お前が、んなことしなきゃ……、っ、ん」
(うーん。聞こえてるんだけどねー……。ほんっと、なかよしだなー、二人とも。なんか、おれもまざりたけど、見ちゃダメなきがするしなー)
陸が布団に頭を潜らせたのを、暗闇の中の二人は気づかない。
「もー、アーチャー、さっさと寝ろよ!」
「眠れなくしたのは士郎だろう」
小声で言い合う二人の声に、陸はため息をつく。
(きっとまた、しろーが子どもみたいなこと、言いだしたんだろうなぁ)
そんなことを考えているうちに眠気が襲ってきて、陸はいつのまにか寝ていた。
土曜日の早朝、陸が目覚めると、二人分の布団があるのにも関わらず、一つの布団で一緒に眠る二人がいた。
「ほんと、なかよしだねー、しろーもアーチャーも」
言いながら欠伸をして、一度身体を起こした陸は、再び布団に寝転び、士郎の布団へ寄っていって、また目を閉じた。
今日は、士郎の頭がアーチャーの腕の中だった。アーチャーの頭が士郎の腕の中の時もあることを陸は知っている。
(ほんと、なかよしだよね、二人とも)
思いながら、陸は二度寝に甘んじる。
そっと布団を背中にかけ、頭を撫でてくれる大きな手を、陸は夢の中で感じていた。
「まったく、できたガキだ」
アーチャーの苦笑交じりの呟きは、陸の耳には届かなかった。
*** 熱(サヨナラまで311日) ***
「士郎」
縁側から呼ばれ、士郎は作業を止めて顔を上げる。
「学校からだ、陸が――」
みなまで聴く前に士郎は工具を放り出し、そのまま門へ向かう。
「待て、士郎!」
引き止める声も聞かず、すでに門を出ていってしまった士郎に、アーチャーは深くため息をついた。
「あの、たわけ……」
額に手を当て、戸締りをしつつ廊下を戻る。玄関の鍵をかけ、開けっ放しの修理工場のシャッターを閉めた。
「まったく」
話を聞かずに飛び出していった士郎には今夜説教してやる、と思いつつアーチャーも門を出た。
「あ、あの……、え、衛宮、ですが、加茂陸の……」
ぜぇぜぇ、と荒い息を繰り返すツナギ姿の若者に、小学校の用務員は顔を顰めた。
「あの、電話を、もらい、まして、えっと……」
要領を得ない物言いに、用務員はさらに訝しむ。
「あ! 陸くんの!」
陸の担任の先生が通りがかり、士郎はほっと息を吐く。明らかに不審者扱いだったのだ。
「あの、陸が、何かして……」
「熱があるようなので、お迎えにと、先ほどお電話でお伝えした通り……」
陸の担任の先生は士郎よりはやや年上のはずなのだが、見た目は若く、まだまだお姉さんと呼ばれてもおかしくない感じだ。気さくで明るい先生は、子供たちに人気があるらしい。
その先生に困惑気味に言われ、士郎は、ぽかん、とする。
「ね、熱?」
「はい、あのぅ……」
担任の先生は困ったような顔で士郎を窺っている。
「話を聞かずに飛び出すからだ、たわけ」
背後からの声に士郎が振り返ると、呆れ顔のアーチャーが立っている。
「え? あ、あー……、……はい」
がっくり肩を落とした士郎に、担任の先生は苦笑いだ。
「まったく……」
「面目ない」
そろって来客スリッパに履き替え、担任の先生に続く。授業のはじまった学校は静かで、音楽の授業の歌声が微かに聞こえてくる。
保健室に入ると保健医が二人を迎えた。担任の先生は授業があるからと保健室に二人を残し、足早に教室へと去っていく。
半ば開いたカーテンで仕切られたベッドに陸の姿が見え、士郎はすぐにそちらへ足を向けた。ベッドの側に立ってじっと陸を見つめる。陸はぐっすりと眠っていた。
「陸……」
そっと額に手を載せて、崩れるように士郎はベッドの脇にしゃがみこんだ。
「士郎?」
「あの、大丈夫ですか?」
保健医が気遣わしげに訊く。答えない士郎に保健医が近寄ろうとしたところで、
「走ってきたので、疲れたようです」
と、アーチャーが適当な理由を述べた。
アーチャーの澱みない答えに、保健医は納得したようで、陸の容体を話しはじめる。その間、ベッドの縁に齧りつくようにして膝をついた士郎は、ずっと陸の頭を撫でていた。
ひと通りの説明をして保健医が保健室を出ていくと、アーチャーはしゃがんだ士郎の傍に立つ。
「連れて帰っていいそうだ。荷物を持ってきてくれるらしい」
「うん……」
顔も上げずに答えた赤銅色の髪にアーチャーは手を載せる。
「ただの風邪だ。熱もそれほど高くない」
「うん……」
「週末ゆっくり寝ればすぐに元気になる」
「そ、だな……」
士郎がやっと顔を上げて、少しだけ笑みを見せた。
「忌神がさ……」
陸を背負ったアーチャーが士郎の呟きに顔を向ける。
「何かやらかしたのかもって、思ったんだ……」
右肩にかけたランドセルをかけ直しながら、士郎は沈んだ声で言う。
「そんな素振りはなかっただろう?」
「ないんだけどさ……、何かあって傷つくの、陸だろ? だから、焦っちまって……」
「お前は、過保護だな」
アーチャーが笑い含みで言うと、士郎はムッとしてアーチャーを睨み返す。
「もう少し、陸を信じろ」
「信じる?」
「こいつは案外とできたガキだ。放置しろとは言わないが、もう少しリードを長くしろ」
「リードって……」
犬じゃねーんだから、と言って士郎はアーチャーの腕に触れて見上げてくる。揺れる琥珀色を少し驚きながらアーチャーは見つめた。
手ぶらなら抱き寄せるところだが、と思いつつ、
「陸を信じろ」
と、陸を背負ったアーチャーは、ふふん、と笑う。
「なんか、お前に諭されるって、ムカつく」
「オレの方が長く存在していたということだ、未熟者」
「ちっ、アーチャーのクセに」
「意味のわからん悪態をつくな」
呆れたようにため息をつくアーチャーの二の腕を抓み、士郎は、うるせー、とあらぬ方へまた悪態をついた。
「しろー?」
重そうな瞼を上げて、陸が呼ぶ。
「どうした? 喉渇いたか?」
首を横に振る陸は、頬に触れた士郎の指を掴む。
「陸?」
「しろー……」
不安げな陸の表情に、士郎は笑顔を見せた。
「大丈夫、ここにいるから」
こくん、と頷いた陸は安心したように瞼を閉じる。
「加茂家ではひとりだったのだろう」
アーチャーの声に士郎は頷く。
作品名:ShiningStar 作家名:さやけ