テニスの王子様 10年後の王子様 木手永四郎
「信用があるのは嬉しいですが、もうちょっと俺の存在を重要視してくれても・・いやなんでもありません」初めて会った父親の家族は二人にとても優しかった。特に今の奥さんは彼女の母親とは正反対の性格のようで。(父親にはこういう人の方が合ってたのでしょうね。15年前に会った時より穏やかな感じになった・・)義理の弟も最初は恥ずかしがっていたが、沖縄土産を見せると目を輝かせて喜んだ。そして東京のいろんなところを案内してくれた。
「ええ、これが沖縄武術というものです。かっこいい?ふふ、そうですね・・いつか沖縄にいらしたら俺の仲間の演武でもお見せしますよ。えっ?それは結婚式だね?・・ はは、残念ながらその予定は・・」なあんだ、木手さんがお兄ちゃんになるなら嬉しいのにな!お姉ちゃんを早くその気にさせてよ・・と無邪気に言う弟のセリフに彼女はただ微笑むだけ。
(まあ、恋愛も結婚もそんな甘いもんではないですしね。彼女の場合は特に両親の離婚を経験しているわけですし・・それに)
自分はまだ彼女の恋人ですらないのだと、その夜に木手は彼女の父親に告げた・・
娘が二泊三日の旅行に同行させている男が恋人ではない。・・そう告げられた親の気持ちはどういうものなのであろうか。娘のために信用していいものかどうか、普通はかなりの不信感を持つものなのだろう。だが、彼女の父親は笑って「君がそんな男だとは思わなかったよ、自分は15年も前から覚悟していたというのにね」と言い、木手を戸惑わせた。父親の言いたいことを好意的に捉えれば、木手が「彼女は自分が守る!」と言ったことを指しているのだろうが、あれは10歳の子供が突発的に(子供なりに考えた末ではあるが)発したセリフだ。ほんとにあんな言葉を根拠に、この父親が15年も子供に会わないでいたのだったら、自分の立場だったらひどいと思うし、その片棒を担いだことになるその子供も恨むだろう、と木手は苦笑する。そして、
「ええ、ただの親しい友人のままですよ」「・・・15年前より俺の想いは強くはなっていますがね」「自分としたことが情けないことに一歩を踏み出せないでいるのですよ」「・・・そうですね、理由はいろいろありますが、その最たるものは彼女の母親であるということは否めませんね」「俺は昔から好かれてはいませんから。・・彼女を泣かせてばかりいたためでしょう」「今は恋人同士にしか見えない?ははは、努力はしましたからね。生意気なガキのときに貴方に宣言したあの時から。必死でしたよ。
「彼女に会わせてくれてありがとう?・・違いますね、ただ彼女が強くなっただけです。母親を振り切る勇気と父親に会う勇気を持てるようになった彼女の努力の結果なだけ。」
「俺だけじゃない。彼女を守ったのはまわりの大人たち。俺の仲間たち。みんなが彼女が笑って暮らせるように頑張った。みんなが彼女を愛した。俺だけが特別だったわけではない」
突然見知らぬ、それも生まれ育った東京とは全く違う様子の沖縄に放り出され、彼女は泣くしかなかった。頼りにするしかないはずの母親は人付き合いを拒み、さりとて彼女を思いやる間もないほどに生活のための仕事に忙しく、彼女は寂しさを抱えていた。そして自分はといえば、そんな彼女の存在が歯がゆくて疎ましくて、つい余計に泣かせていた。だから余計に彼女が縮こまってしまうとも知らずに。お手本を見せるべきだと気づいた大人たちが、彼女に手を差し伸べるまで。
思いは誰もが一緒だったのに。ただ、安心させたくて。沖縄を好きになってほしくて。押しつけではなく、心の底からここにいたいと思ってもらえるように。誰もが彼女を気にかけた。彼女が笑えばみんなで喜んだ。そしていつしか木手は気づいていた。彼女の表情に一喜一憂する自分に。彼女が沖縄にくることになった経緯を聞いて、彼は子供らしい正義感に燃えた。相変わらずあまり彼女にかまわない母親の代わりに、自分が彼女を守ろうと思った。そんなころだった。こっそり彼女の様子をうかがう父親の存在に気づいたのは。
最初は、彼女を連れ戻しにきたのかとホッとした。彼女はやはり東京を求めていたから。だが父親までもが、彼女に関わることを拒否したとき、やはり彼女を守れるのは、ずっと側にいられるのは、気持ちをわかってやれるのは同い年の自分たちだけなのだと悟った。
「結果的に彼女と父親を離したのは俺だと。あの母親を責める資格もないんでしょうね。それに中学に入ってからはテニスのことでいろいろ忙しくて、寂しい思いもさせましたしね」もちろん、小学生のときとは違い中学生になってからは彼女も友人が増え、前ほどは二人でいることもなかった。・・・木手の知らないところで、学校では公認の仲ということになっていたのだが。
高校大学と同じところへ進学し、そして将来を決めなければいけなくなったころ、木手は幼きころからの遊び仲間の甲斐から聞かれた「彼女をどう思っているのか」と。「ずっと一緒にいたい人ですよ」そう答えた時、確かに彼女も側にいた。偶然ではあったのだが。しかし彼女の表情はかわらず、彼らの関係も少なくとも木手の中では昔のままだった。想いだけは強くなっていったのだけれど。そして二人は共に市役所に就職。結果的に15年、ずっと側にいたのは木手だった。
「大人になったら好きなことをしたい・・そんなことを子供のころには言ってましたから就職は東京でするものだと思ってました。あんなに帰りたがっていたのですから。でも、結局は沖縄で観光案内の仕事をしていますよ。好きになってくれたんでしょね、沖縄を。でも、俺は一度も言われてないし、俺も言ってない。こんなへタレだとは自分でも思ってなかったですよ。そんな男に貴方は再び娘を託すんですか。・・ま、貴方の人を見る目を半分は信用しますよ。今の奥さんは素敵な人だ。・・ふふ、生意気なところは昔とは変わっていませんよ、俺は」
でも、謝りたかったのだと木手は父親に告げた。15年前のことを。子供だから何を言っても許されるわけではなく、自分の言ったあの言葉は親にとってはこの上もなく残酷な言葉だったと。父親は黙っていたが、少し泣いているようだった。そして父親は言った「改めて娘を頼む」と。
「今日はこっちのホテルに一泊して、島へは明日の午後に帰る・・ということになりますがよろしいでしょうか」
飛行機は無事に那覇空港に着き、荷物の受け取りを待つ間に彼女に声をかける。ホテルはシングルを二部屋とっていた。「貴女はずっと飛行機で寝ていましたから、疲れもとれたでしょう?夕食はホテルに行く前に市街でとってしまいましょうか」
夕食を終え、ホテルに着いてそれぞれの部屋に入る、そして夜はふけていった・・
翌日、フェリーで島に渡ったころは既に午後になっていた。「さすがに疲れましたね。今日はゆっくり・・と言いたいところなのですが、貴女に見せたいものがあるんです。夕食を一緒にしていいでしょうかね。ああ、お母さんには改めて報告にいきますから、と。・・怒っているでしょうね、俺を」
作品名:テニスの王子様 10年後の王子様 木手永四郎 作家名:ゆにっち