こらぼでほすと 散歩9
ロックオンのほうも、それほど真剣ではない。自分の亭主は誠実な男なので、女房がねだることには応えてくれる。すでに、その約束はしてあるからだ。だが、負けるのは、ちと気に食わない。こういう時に、大人の経験で勝ちたいとは思う。
「最初五分は、俺が本気で探す。残りは連携? 」
「連携したくなったら手を振ってくれ。俺は、ちょっと登ったところで待機してるから。」
「くくくく・・・了解。てか、うちのダーリン、幼少時は、こういうほのぼのしたこと、やってる暇もなかったんだな。」
「なかっただろうな。なるべく、地上待機の時に遊ぶことはしてみたけど、大したことはできなかったしなあ。」
刹那は、小さい頃から内戦の国で生きていた。だから、悠長な遊びなんてやる暇はなかった。ニールは、それを刹那から聞いているし、ロックオンのほうも寝物語に聞いている。だから、こういうことは大切だと感じている。自分たちは、こんな子供の遊びを存分にやって楽しんでいたからだ。
「いやいや、お兄さま、ダーリンが言うには、あんたがやってくれるイベントが楽しかったそうだぜ。キャンプごっこでマシュマロ焼いたのがおいしかったって、しみじみとおっしゃる。」
「あはははは・・・・あれなあ。たまたま、思いついてさ。うちで暖炉で焼いてたから、そういうのも楽しいかとおもって。」
「焦がさないのが難しかったよな? 」
「よくエイミーに笑われたっけ。・・・・そういう思い出って大切なんだって、刹那たちを見てると感じるよ。」
ただのバカ騒ぎとか遊びというのが、良い思い出として記憶される。それだけでも、思い出せば温かい気持ちになれることをニールは、アングラ生活で感じた。だから、マイスターたちに、そういう思い出を作りたいとは考えていたのだ。
「あんた、本当にテロリストには向かない性格だよな? 」
「そうか? 別に仕事には関係ない部分だろ? 」
「そんな荷物抱えたらいけないんだよ。情け容赦のないテロリストなんだからさ。だから死んだんだよ。わかってる? 」
となりの実兄の肩を抱き、大きく溜め息を吐いた。そんなことを考えていたら仕事にも精神的な負担がかかるはずだ。それが、たぶんニールの壊れている部分なんだろう。一切の感情を締め出して仕事をして、その後、心が痛くてたまらないから、他人からの好意すら受け取らなくなったのだ。
「わかってるよ。だから、こんなことができてんじゃねぇーか。一度死んでよかったって、今は思えるよ。・・・・あん時は、全部終わらせられるって安堵したんだけど。・・・・生きててよかった。おまえらと、かくれんぼできる。」
「うん・・・愛してるよ? ニール。俺も刹那もアレハレやティエリアも・・・みんな、あんたを愛してるからな。」
ぎゅっと抱き締めて囁く。いつか心の奥に届けばいいと願っている。ちゅっと実兄の唇にキスをしていると、ゲシッッと乱暴な衝撃が入った。
「おまえたち、やる気はあるのか? すでに10分は経過したぞ。」
待っても待っても双子が動かないので、刹那が様子を伺うと、いちゃこらと抱き締めあって話しているのが目に入った。どうやら、かくれんぼのことを忘れているらしい。しょうがないから戻ってロックオンのケツに蹴りを一発だ。
「ごめん、刹那。ちょっと子供の頃の話に夢中になってた。」
「いてぇーな、ダーリン。・・・あれ、ほんとだ。10分経過してる。」
時計を見たら、すでに時間は経過していた。ニールとの話に集中していたらしい。ごめんごめん、と、ニールが携帯端末を取り出して三分のアラームをセットする。アラームと共に捜査するぞーと言うと、刹那は、また花畑に走って行った。双子のほうは土手のほうに向いて、空を見上げている。
「くそっっ、ムカついたから本気で探す。」
「頑張れ、ロックオン。終わったらお茶すりゃいいな。土手の辺りでいいか。」
「ビールも持ってくればよかった。」
「一本だけあるぞ。」
「ああーん、兄さん、マジ天使。ポテチは? 」
「あるある。」
「よしっっ、そういうことなら勝利の美酒に酔い痴れるぜ。」
それほどのことか? と、ニールが呆れていたらアラーム音だ。くるりと振り向いたら、気配は一切ない。
「俺は待機してる。」
「わかった。自力が無理なら応援よろしく。」
ロックオンも花畑に突入する。今度は10分のアラームをセットする。荷物を持ち上げて土手を途中まで上がり、そこにレジャーシートを広げた。そこからなら、花畑全体が、よく見える。力任せに走り回っているロックオンは、バタバタと動いている。その先の川は陽光がきらめいている。まだ少し夏の気配はあるが、風は秋のものだ。川に近いところに黒いものが、ぽつりとある。それが、ロックオンの動きと共に動くから、あれだな、と、見当はつけた。
・・・・だいたい、ライルは力任せに探すから、いつも見逃すんだよな・・・・エイミーにもやられてたのに・・・・
過去のかくれんぼを思い出してニールは微笑む。いつも負けん気強く走り回って周囲を確認しない。だから、死角に動き続けられると探せないのが、ライルの失敗だ。てってかと走っている実弟の背後に隠れるように黒い影も動く。さすがに、サバイバルに長けた動きだ。遊んだことはなくても、そういうことは理解しているらしい。
五分を過ぎた頃、実弟の足が止まった。それから、ようやく気配を読むように、ゆっくりと歩き出す。すでに黒い影は、かなり離れたところにある。もうすぐ八分というところで、実弟が、こちらを向いて手を大きく振る。すかさず、ニールの腕が黒い影の方向に指し示される。てってけと走り出した実弟に、黒い影も動く。すると、またニールが腕を少しずれた位置に差し出す。簡単なことなのだ。少し上から眺めていれば、人影の動きは把握できる。こんな平地なら、なおさらで、てってかと走り、位置を確認して影との距離は縮まっていく。ぎりぎりで黒い影に追いついた実弟は、「みーっけっっ。」 と、声を張り上げた。
なんとか大人気ない実弟の動きで、黒い猫は捕獲された。手を繋いで戻ってきたので、ニールが小さな保冷バックから飲み物を取り出す。
「お疲れさん、どうだった? かくれんぼは。」
「ニールがいなければ逃げられた。」
「そうだろうなあ。上手い具合に逃げてたよ、刹那。」
「気配がなさすぎる。」
「当たり前だ。隠れる時は気配は消すものだ。」
どっかりと腰を下ろした二人に、飲み物を差し出して、ニールは大笑いだ。ポテチの袋も開いて置いたら、すかさず両方から手が出る。バリバリと黒猫がハムスターのように食い散らかすので、食べ損ねては大変、と、実弟も参戦する。ゆらゆらと揺れるコスモスは何事もなかったかのようだ。ふと、ニールは横手に咲いている花に目を遣る。それは花弁の美しい繊細な花だ。本当に、そうだな、と、それに手を触れる。何本か纏まって咲いているので、花弁に触れていると、刹那が気付いて立ち上がった。
「何をしている。」
「ん? 秋の花の観賞。これも秋の花だ。綺麗だろ? 曼珠沙華って言うんだ。」
おかんが手を添えているのは、あの墓場の花だった。見せたくない、と、思っていたのに知っていたらしい。
「それ、墓場の花なんだろ? 」
作品名:こらぼでほすと 散歩9 作家名:篠義