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Green Hills 第1幕

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 ここでリタイアなんて意味のないことをするな、と青年は自身に言い聞かせる。
 この状況は、間違いなく第五次聖杯戦争だ。魔術の知識のない半人前の衛宮士郎、それに襲いかかるランサー、自らの経験と全く変わらない状況。
 変わったのは、衛宮士郎が呼び出したのが、セイバー・アルトリアではなく、エミヤシロウ――未来の自分だということ。
 ここまでの一致を見れば、当然、遠坂凛のサーヴァントはあの赤い弓兵。衛宮士郎を殺そうと躍起になっていた、英霊エミヤだ。
「俺、ついてる」
 一発で最高のカードを引き当てた、と青年――セイバー・シロウは口角を上げた。
 ここは、なんとしても凌がなければならない。
「こんなところで負けるわけには、いかないからな」
 剣を構え、シロウは唇を引き結んだ。



 宝具を放ったランサーは退いた。どうにか借り受けた剣を扱える、とシロウは確信を得た。
 ここまでは記憶通りの流れだ、次は、と考えながら、ふらり、と倒れそうになる。
 剣を支えにどうにかシロウは踏みとどまった。
「っいたた……」
 ぼたぼたと落ちる血に、苦笑いが浮かぶ。
「やっぱり、魔力が、少ないな……」
 ハハ、と乾いた笑いを漏らして一つ息を吸う。右手で胸元を押さえ、止血だけはした。痛みは消えないが、血を滴らせておくわけにはいかない。塞いでおかなければ、どんどん魔力が出ていってしまう。
 いまだ呆然としたままのマスター・衛宮士郎に、シロウはよろしく、と笑んだ。
「あんたは、えっと……」
「っと、細かい話は後だ。俺はセイバー、お前のサーヴァント。わかったか?」
「サー……?」
「後で説明する。とりあえず、契約は成立した。次の客が来ている」
 わけがわからない状況ながらも、こく、と士郎は頷く。不思議そうな顔で見上げる士郎には、額当の下の笑った口元だけが見える。
「次の、客? もう、夜だけど……?」
「夜でも関係はないようだ」
 シロウは苦笑しながら言って、次なる客を迎えるため、揃って門へ向かった。



*** 赤い主従 ***

「やめろ! セイバー!」
 がくん、とシロウの身体は止まった。
 目視できない剣を構えたまま、身体が硬直している。車で言えば急ブレーキ。風のごとく赤い主従に迫ったシロウを咄嗟に留めたのは、主の令呪だ。
 先ほどまで泡をくっていたとは思えない主の強い縛りに、シロウは目を伏せ、息を吐く。正直、ほっとしていた。
 ほんの数分前、士郎と門を出たところで足を止めた。数メートル先の街路灯に映し出される二つの影に、シロウは、やはり、とひとり頷いていた。
「え?」
 背後に庇った士郎の戸惑う声が聞こえる。
「相変わらずだな」
 呟いて、サーヴァントを後ろに従えた少女に苦笑する。守られるべき者が前に立ってどうするんだ、とシロウは在りし日の感慨に少し耽った。
「さてと」
 思い出に耽るのは一瞬、シロウはすぐに気を取り直す。ちら、と士郎に目を向けると、いっぱいに見開いた目は、少女に向けられている。そして、その視線の先の少女も呆気に取られている。状況が呑み込めていないのは、今のところ向こうも同じ。
 睨み合うまでもない、相手はサーヴァントを連れた魔術師だ、と、シロウはためらうことなく地を蹴る。
 きちんと止めてくれよ、と思いながら剣を構えた。
 聖杯戦争はサーヴァントとマスターを潰していく戦いだ。ここで尻込みしていては勝ち残れない。たとえ目の前にいるサーヴァントが自身の目的だとしても、シロウはこの戦いのルールに則ることが望ましいと判断した。
 少女を庇って前に立ち、剣を構えた赤いサーヴァント。鋼のように強い眼光を放つ鈍色の瞳がこちらを見据えている。
 まだか、とシロウに焦りが生じた瞬間、強い縛りに身体が硬直した。だが、敵サーヴァントは目の前、このままでは斬られる、とシロウは覚悟したが、相手の剣も止まっていた。
「セイバー?」
 驚きに満ちた呟きはシロウにだけ届いていた。

「なぜ、止めた」
 構えを解き、駆け寄った主を振り返ってシロウは憮然と訊く。
「ま、待ってくれ、セイバー、その、知り合いなんだ」
「知り合い? だからなんだと言うんだ? そいつはサーヴァントを連れている。ということは、マスターだろう。排除するのは当前だ」
 淡々と答えるシロウに、士郎はとにかく待てと諭した。
「こんばんは、衛宮くん。まさか、あなたがマスターだなんてね」
 冷たい声の主は肩にかかる黒髪をさらりと払って、にっこりと笑んだ。
「遠坂、だよな? えっと、その……」
 何を言うべきかと士郎がまごついている間に、赤い騎士を従えた少女・遠坂凛は、ふん、と鼻を鳴らし、
「とにかく、お邪魔してもいいかしら?」
 有無を言わさない声を発する。
「う、あ、はい、どうぞ」
 素直に自宅に促す士郎に、
「「マスター!」」
 とハモった声。
 自らの主を咎めるように同時に吐いた声に、サーヴァントが互いに顔を見合わせる。
 凛のサーヴァント・アーチャーは眉間にシワを寄せた。シロウは銀の額当に隠れてほとんど表情が見えないが、その口はへの字に曲げられている。
「ここにいたら誰の目につくとも限らないわ」
 凛のもっともな意見に、二体のサーヴァントはそれ以上何も言わず、主たちに従った。

 衛宮邸の居間で士郎と凛が話す間、両名のサーヴァントは睨み合いを続けている。
 互いに目を逸らすことなく、ピリピリと空気を震わせている。
 士郎に聖杯戦争のなんたるかを説明しながら、凛のこめかみにも、だんだん青筋が浮いてきた。
「あああっ! もうっ!」
 びく、と士郎がその声に肩を揺らす。
「鬱陶しいのよ! あんたたち! 外に出てなさい!」
 びしっ、と凛が二体のサーヴァントを指さした。口答えなどできない雰囲気だ。何か言おうものなら、容赦のない攻撃を受けるだろう。
 凛が怒るのも無理はないのかもしれない。何しろ二人のマスターを間に、今にも剣を持ち出しそうに従者が睨み合っているのだ、落ち着いて話もできない、とキレてしまうのは道理だ。
 おとなしく凛の言に従った両サーヴァントは渋々だが庭に出た。
 何を話すでもないが、シロウは落ち着かない。顔は隠しているものの、正体がばれているのではないか、と気が気ではない。
 アーチャーの険のある視線は、頭の天辺から足の先までを矯めつ眇めつ無遠慮に注がれ、しかもその視線には、山ほど疑問を浮かべている感がある。シロウが落ち着かなくなるのも仕方がない。
(何を話せばいいんだ……)
 会話などしなくてもいいはずなのに、沈黙がいたたまれずシロウは微妙な距離を開けたまま、アーチャーを窺う。
「……セイバーの、サーヴァント、だな?」
 今さらな質問に、シロウは思わず、見ればわかるだろう、とつっこみたくなった。
「そう、だけど? 何か問題があるか?」
「いや……」
 そう言ってアーチャーは腕を組んで、何事か考えている。
「貴様、どこの英雄だ」
 あり得ないほど間抜けな質問をするアーチャーに、シロウは吹き出しそうになった。自ら正体を明かすサーヴァントがどこにいるのか、と少々呆れてしまう。
「答えるわけがないだろう」
作品名:Green Hills 第1幕 作家名:さやけ