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Green Hills 第1幕

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 目の前に並べられた夕食に、シロウは笑いを噛み殺しながら頷く。必死に攻防する士郎の姿が浮かんで、笑わずにはいられない。すでに攻防を繰り広げた衛宮邸の食客たちは帰った後。士郎が確保してくれたありがたい食事に、シロウはきちんと手を合わせ、いただきます、と頭を下げる。
「セイバー、身体が動いたって、そんなこと繰り返していたら、身体がいくつあっても足りないじゃないか」
 士郎はお茶を注ぎながら言って、湯呑をシロウの前に置く。
「俺が負うケガなら魔力でどうにかなるから問題ないさ。こういうところ、サーヴァントは便利だな」
 夕食を口に運びながら言うと、ごつ、とゲンコツを頭に落とされて、シロウは首を引っこめる。
「いくら死んだ存在だからっていっても、そんなこと言うな!」
「え……、士郎?」
 頭を押さえながら、シロウは主を見上げる。
 側に立って、士郎は憤っている。
「死なないからって、痛いものは痛いだろ! 血だって、あんなにたくさん出て!」
 士郎が本気で怒っているとわかって、シロウは視線を落とした。
「……ごめん。今度から、気をつける」
 士郎に謝って、シロウは自分の考え無しの行動と言葉を反省する。素直に謝ったシロウに気が済んだのか、士郎は向かいの定位置に腰を下ろした。
「うん、気をつけてくれ。セイバーがケガするの、俺、見たくないんだ」
 こく、と頷くシロウの箸が止まっていることに士郎は気づく。
「セイバー? どした? 食べないのか?」
「……食べる」
 答えた声が小さくて、士郎は首を傾げる。箸は動き出したが、明らかに前とは違う食べっぷりだ。
「えっと……」
 士郎にはまるで門限をやぶって叱られた子供のように見えた。下を向いて、遅くなった夕飯をちびちび食べて……。
「あの、セイバー? お、怒ってないから、な? ほら、えっと、ご、ご飯、ちゃんと食べて、えっと……」
 シュンとして俯いたままの赤銅色の髪をそっと撫でる。小さい子供にするように、なでなでと。
 こんなことで大人であるシロウがどうこうなるわけがない、と思いながら、士郎はそうせずにいられなかった。
「怒ってないよ。気をつけてくれたらいいって」
「うん……」
 少しだけ食事のスピードが戻り、士郎は心の中でほっと息を吐く。
 見た目よりも、中身は子供だなぁ、とそんなことを思っていた。

 さて、と士郎は居ずまいを正し、シロウを真っ正面から見据える。
「なあ、セイバー」
「ん? なに?」
「なんで、そっくり?」
 座卓を挟み、茶を飲みながら士郎は、同じく茶を啜る向かいに座ったシロウに質問をぶつける。
 昨夜は散々な一日だったため、ゆっくりと話すこともできなかった士郎は、溢れる疑問の第一声をそれに選んだ。
 ランサーが退いた後、凛とアーチャーに会い、教会に行って聖杯戦争への参加意思を示し、帰りにバーサーカーに襲われ、その上、アーチャーの攻撃に巻き込まれ、シロウはズタボロで衛宮邸に戻ってすぐに眠ってしまった。そして、額当の取れたシロウの姿に仰天して一昼夜、当然、士郎は気になって仕方がない。
 昨夜からほぼ一日眠って、元からの魔力と細々と士郎から流れてくる魔力で傷を塞ぎ、加えて自身のセイバーの鞘の力で、シロウはどうにか起きられるまで回復してきている。
 ずず、とお茶を啜ったまま、しばらく黙っていたシロウは、静かに湯呑を置いた。
「うん、エミヤシロウだからな」
「はあ?」
「あ、厳密に言うと違うんだろうけど、こー、なんていうかさ」
 言いながらシロウは、座卓に両手の人差し指で線を引く。
「並行的に同じような世界がある、とするだろ? 俺がこっちで、士郎がこっち。それで、俺は士郎の時間軸に合わせて言うと、未来からこうやって、越境してきたわけ。聖杯の力でな」
「越境……、み、未来っ?」
 士郎は目を丸くする。
「これはナイショ、べらべらしゃべるなよ。遠坂にも。だから、これで……」
 シロウは額当を投影した。この顔では何かと問題があるので、隠しておくことにしたと説明する。
「面倒だからさ、いろいろ」
 にこ、と笑うシロウに、士郎は曖昧に頷く。
「う、うん、だろうな。えっと、それじゃ、あんた、っていうか、俺は、英霊になったのか?」
「さあ。英霊になったのかどうかは、正直わからないんだ。俺は死ぬ間際に願っただけだから」
「願う?」
「あ、えっと、それは、まあ、俺の事情だから、聖杯戦争とは関係ない」
「な、なあ、あんたも、聖杯戦争をやったのか?」
 シロウは、どう答えたものかと、しばし口ごもる。
「……まあ、そうだな、別の次元だけど、うん、俺も参加した」
「で、どうなった?」
「ナイショ」
「えー!」
「言うわけがないだろう? 俺は、士郎のサーヴァント。士郎の指示で動くよ」
 シロウはこの世界の動きに介入する気はない。それに、この聖杯戦争が自身の経験したものと同じかどうかはわからない。
 今のところ流れは同じではある。先を知っているということは有利なのかもしれない。だが、予想外の展開に陥った場合に不覚を取る可能性がある。
 したがってシロウは、自らは動かないと決めた。例えどれほど困難に見舞われようとも、最後までこの主――この世界の衛宮士郎の指示で動くことを固く誓った。
「だからさ、士郎は、士郎の戦い方で、この聖杯戦争を乗り切ってくれ」
「そ、それは……、うん、そうしようと思ってる。昨日、神父にも言ったことだし。でも、でもさ……」
 視線を落とす士郎に、シロウは首を傾げる。
「でも、セイバーがケガをするのは、あんまり、見たくないっていうか……。その、大丈夫なんだろうけど、……けど、痛いだろうし、もう死なないって言っても、やっぱり、セイバーが消えてしまうのは、俺、嫌だし……」
 士郎は必死に言葉を探しながら自身の思いを訴える。
「だから、俺、絶対セイバーが消えたりしないように、守るから!」
「ぎゃ、逆だって、俺が士郎を――」
「いくら強い武器があるからって、俺はセイバーに魔力をほとんど渡せない。だったら、俺も戦う。一人で戦うよりも、二人の方が敵を倒せる可能性があるだろ?」
 真剣な顔で言う士郎は、シロウに同意を求めてくる。
「も……、あのな、それじゃあ本末転倒っていうか……」
「これからは一緒に戦う、それでいいな、セイバー」
「戦うって言ったって、士郎は何も武器を持っていないじゃないか」
「む……」
「部活動とは違うんだ、殺し合いなんだから、そんな簡単に――」
「じゃあ、特訓してくれ」
「へ?」
「セイバーが俺を鍛えてくれればいい」
「鍛えるって言ったって……」
 困惑して言いながらシロウは、こんなだった、と思い出す。自らの過去も、こうやってセイバーに剣の指南を受けた。
 あの頃から毎朝セイバーと稽古をして、いつしかセイバーと互角にやり合えるようになって……。アーチャーの剣技とはまた違う剣技を自分は会得したのだ、と思い返す。
「もー……、仕方ないなー……」
 根負けしたようにシロウは一度天井を仰ぎ、わかった、と士郎の申し出を受け取った。
作品名:Green Hills 第1幕 作家名:さやけ