Green Hills 第1幕
過去の自分と過ごすというのは、時にいたたまれないこともあるのだが、こうやって相談事をして、ともに目的を達成しようとする時は、わかり合えることが多い分、やりやすいと思える。
殺し合うという戦いに参戦している以上、やるせないこともあるが、同時に少しうれしいと感じることもある。
士郎が自分のことを心配してくれる、無茶をするなと怒ってくれる。
現界して丸二日、この世界の自分は、とても温かいのだということに気づいた夜だった。
翌朝、その顔では問題があるから部屋でじっとしていろと言われたシロウは、おとなしく布団の中にいる。主に命じられなくとも、今はあまり動かない方がいいとわかっている。
僅かな魔力供給で傷を回復させるには時間がかかるのだ。表面的な傷はなくなっていても、痛みはまだ引かない。
「セイバー」
そっと襖を開いた士郎が、行ってくる、と声をかけた。
「気をつけろ、遠坂にも、一応心は許すな」
「そんな心配、いらないって」
士郎はありえないから、と言って襖を閉めた。
「そんなことを言っていると、痛い目に遭うぞ」
少し起こした身体を再び布団に預け、シロウは目を閉じる。
何かあれば令呪で呼べとは伝えたものの、使わないだろう、と予想できる。
「困ったマスターだ……」
自分もこんなふうにセイバーを煩わせていたのだろうと思うと少しおかしくなった。
その日、士郎は帰宅するなり、シロウを座らせ、その頭に布を巻きつけた。
「?」
訝しげに上目で士郎を見て、シロウはされるがままになっている。
「その顔じゃ問題あるからな」
きゅ、と縛られる感覚がして、手を放した士郎が、これでいい、と笑っている。
「……鬱陶しい」
巻きつけられた物を目だけで見上げ、シロウは憮然と呟く。青い色の細長い布を目深にして鉢巻のように巻かれているのだ。目元までが覆われているので、足元しか視界にはない。
「文句言うなよ。仕方がないだろう、藤ねえも桜も、その顔見たら質問攻めにするだろうから。いろいろ黙ってろって言うのなら、そのくらい我慢しろ」
「うぅ……」
ひと言も言い返せずシロウは頷いた。
「ジーパンも買ってこようと思ったんだけどさ、もう店閉まってて」
士郎がムッとしつつ言うが、シロウは首を傾ける。
「それじゃ、あんまりにも、あれだから!」
「あれ?」
ますますシロウは首を傾ける。
胡坐をかいたシロウの膝下を指さし、
「お、俺のじゃ、短いだろ!」
と、士郎は自棄になったように言い切った。確かにシロウが穿くと、ジーンズが七分丈のようになっている。
「ん? 別にかまわないけど?」
足首を両手で握ったままシロウは気にしない、と笑う。
「俺がかまう! 藤ねえに絶対何か言われる! そんで、桜にも笑われる!」
「そうかなぁ? そんなの、見てないと思うけど」
シロウがあまりにも気にしないので、真っ赤になって士郎は怒る。士郎の剣幕に、シロウはじゃあお願いします、と言わざるを得なかった。
「だいたい、腰回りも渡り幅も同じくらいのクセに、股下だけ足りないって、どういうこった!」
士郎はブツブツと文句を吐いている。
肩幅も身体の厚みも腰回りも変わらないのに、手足の長さだけに差がある。裄丈と股下だけが合わない、腑に落ちない、と士郎が拗ねるのはそこだろう。
自分にはない身長を持っているのに華奢で、子供っぽいところもあるのに、剣の腕は相当高いレベル。
あの巨躯のバーサーカーとも剣技だけで渡り合った。そんなシロウをすごいと憧れつつ、その華奢さゆえに、どこか心配な士郎だった。
「とにかく、セイバーは、これ被ってろ。それから、昼間はここにいること。魔力も温存しなきゃダメだし」
「でも、それじゃ――」
「何かあったら令呪を使う。それでいいだろ?」
そう決めつけられて、結局シロウは何も言えず頷くしかなった。
*** 苦闘 ***
士郎が凛との共闘関係を結び、頻繁に凛が衛宮邸を訪れるようになった。そのうちに凛が居候することになり、そのサーヴァントであるアーチャーも屋根の上だかに常駐している。
「そこに何か用か?」
屋根の上にいるのかと思って庭に出たシロウは、土蔵の前でその姿を見つけて、声をかけた。
「…………」
ダンマリでこちらを見ただけのアーチャーに、シロウは苦笑いを浮かべた。
「屋根の上かと思ったけど……、えっと、様子は?」
言葉を探しながらシロウは訊く。
「問題ない」
即答が返ってくるものの、その声は低く抑揚が無い。
「機嫌が悪いみたいだな」
「当然だ」
「まあ、うちのマスターは半人前だからな」
じっとシロウを見るアーチャーは何か言いかけて口を噤んだ。
「あんた、なんか、様子が――」
「お前もご苦労なことだ。セイバーの能力をもってしても、生き残るのは難しいだろうな、あの半人前がマスターでは」
言葉を遮るように声を被せたアーチャーに、
「ふーん。心配してくれるのか」
とシロウは笑う。
「するわけがない」
ふん、と鼻から息を吐き、アーチャーは霊体化した。
「あ、逃げた」
シロウは、ふぅ、と息を吐いて縁側に戻り、腰を下ろす。片膝を抱えて顎を載せた。
「どう言えばいいだろう……」
アーチャーに伝えたいといってサーヴァントになったものの、今は聖杯戦争で手一杯だった。
「終わってから、かな……」
最後まで生き残れるかどうか、と弱気になって、シロウは頭を振る。
「勝たなければ意味なんてない。セイバーが剣を貸してくれるのは、一度きりって約束だ」
目を閉じると彼女の面影が浮かぶ。懐かしい、優しい笑みを浮かべた、強く清らかな騎士。
会うことは叶わない。もう謝ることもできない彼女との約束を違えるわけにはいかない。勝ち残ることだけを考えろ、とシロウは改めて自らに言い聞かせた。
「なんで、こんな……っ」
憤る士郎は座卓に拳を打ちつける。
シロウが連れ去られたことを士郎は何よりも悔やんだ。
キャスターが策を弄してくる、とわかっていながら防げなかった自分の弱さが不甲斐ない。
「セイバー……っ」
令呪が消えて半日が経つ。何度思い返しても、悔しさしか湧かない。
士郎が凛と新都へ出かけたのはつい昨日のことだったのだ。
屋敷に戻ってくると、異様な気配に包まれていた。
慌てて駆け込んだ庭で睨みあっていたのはキャスターとシロウだ。キャスターは藤村大河を捕えている。気を失っているのか、何かしらの術をかけられたのか、ぐったりとして動かない人質を前に、シロウは手も足も出せない。シロウが斬りかかればキャスターは倒せるかもしれない、だが、その前にキャスターが人質を殺してしまう。
ぎり、と喰いしばった歯が音を立てた。
「令呪を渡せば返してあげるわ、坊や」
キャスターは笑いを含んだ声で言う。迷うことなく士郎は人質のために左腕を差し出した。姉代わりの彼女にはいくら返しても返しきれないものがある。士郎にとって令呪など比べるべくもないものだ。
「ダメだ、士郎!」
シロウが止めるのも耳には入っていない。無防備なまま近づく士郎にキャスターの短剣が振りかぶられる。
「士郎っ!」
作品名:Green Hills 第1幕 作家名:さやけ