敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
決まり字
《ヤエ、ヨノナカ》の電文は、古代と山本だけでなく航空隊の全機が受け取っていた。タイガー乗りのひとりが〈糸電話〉で言ってきた。
『「やえ」は何を言っているのかわかりません。重要なのは「よのなか」の方じゃないですかね』
「え? だって」古代は言った。「これじゃどっちだかわかんないじゃん」
『〈よのなか・わ〉と〈よのなか・よ〉』
「そう」
と言った。百人一首に、『世の中』で始まる歌はふたつある。四音目までを耳で聞いてもどちらを取ればいいかわからない――いや、これが競技なら、そこで次に詠まれる音が『わ』なのか『よ』なのか不思議とわかる、なんてこともあるのだが、今〈ヤマト〉から送られてきた文では勘など働かない。〈世の中は〉の歌なのか〈世の中よ〉の歌なのか、これでは知りようがないではないか。
『だから』と隊員。『これは、歌のことではないんですよ。「よのなか」が意味しているのは、〈五字決まり〉ってことじゃないかな』
『ああ』と別の誰かがナルホドと頷く調子の声で言った。
だが、古代にはわからなかった。「五字決まり?」
『ですから……』
「五字決まりはわかる」
と言った。百人一首の早取りで〈五字決まり〉と言えば確かに〈世の中〉だ。『よ・の・な・か』の四音までではどちらの札を取るべきなのかわからぬが、次の五音目で取る札がわかる。それが〈五字決まり〉である。競技かるたに〈一字決まり〉に〈二字決まり〉、〈三字〉に〈四字〉に〈六字決まり〉の歌はたくさんあるのだが、しかし〈五字決まり〉の歌は『世の中は』と『世の中よ』の二首ひと組しか存在しない。
なるほど、〈ヨノナカ〉は〈五字決まり〉――その考えはわからなくない。だがしかし、
「五字決まりだとなんなんだ?」
『さあ。それはわかりませんが』
「じゃあなんにもならねえじゃんかよ」
『ちょっと待って』と別の隊員。『さっきの〈ココロア〉が通じたからそれを送ってきたんでしょう? 敵のビームについて何かを伝えてきたと言うことでは?』
「そりゃそうだろうな」
『〈ヤマト〉は何か突き止めたんだ。でも全部はわかっていない。砲台がどこにあるのかわかったならばそんな暗号を使わずに、通信制限を解いて座標を送ってくるでしょう。で、行って叩けばいいんだ」
「そうなるのかな」
『砲台の位置までまだわからない。だが何かがわかったからそれを我々に伝えてきた。その暗号が示すところへおれ達に行けということだ。基地よりもまず、今は砲台。「やえ」で〈五字決まり〉と言えば――』
「『やえ』ねえ」と言った。「やえむぐら――」
『隊長』と加藤の声がした。『それだ』
「あん?」
『「むぐら」だよ。むぐらの〈五〉』
「へ?」
『ラグランジュ・ポイントだ』加藤は言った。『〈ヤマト〉は衛星がいる場所をおれ達に伝えてきたんだ。カガミ衛星があるのは〈ラグランジュ・ポイント5〉で決まり!』
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之