敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
静止軌道
新見が言う。「『よのなか』が〈五字決まり〉だと言うのはともかく、『やえ』が〈むぐら〉でムグランジュ・ポイントと言うのはかなり苦しいんじゃないかと思うんですが……」
「しょうがないだろ。他になかったんだから」島が応えて、「34人もいるんだから、ひとりくらい気がつくだろ。敵が〈L5〉のポイントを使ってるって意味だとくらい。一度そこに思い至れば……」
「まあそうかもしれないけど」南部が言って、それから真田に、「で、どうして〈4〉でなく〈5〉のポイントで決まりと言うことになるんです?」
真田は応えた。「だから、それは簡単なんだよ。地球でアメリカが昼だとしたらそのとき日本は夜だろう。スペースコロニーを宇宙に浮かべて、地球から望遠鏡で見るとする。アメリカで〈L4〉のコロニーが見えるとき、日本の空にあるのは〈L5〉だ。星は丸いんだから当たり前だろ。データを見ると、敵はこれまで〈ヤマト〉を撃つのに〈L4〉を一度も使ってない」
メインスクリーンにこれまでの戦いのデータを出した。南部がメガネを直しながら窓の上の画面を見上げた。そのとき彼のすぐ前を、金魚鉢を逆さにしたような物体が通り過ぎていったのだが、不幸にして彼はそれに気づかなかった。
「使えないのさ」真田は言った。「冥王星とカロンとは向かい合わせになっている。公転周期と自転周期がピッタリ同じであるために面を完全に向け合ってるから、ラグランジュポイントに天体があればそれは静止衛星となる。地球の夜に北極星を見るみたいに、砲台の置かれた位置から要(かなめ)の衛星は常に同じ方角にあると言うわけだ。それが〈L5〉であるのなら、〈L4〉にある衛星は日本でマゼラン星雲が見えないみたいに見えない。だから、直接に狙えない」
「そうか」と太田。「つまり、ビーム砲台は今この星が〈L5〉を向いた半球にある……」
「そういうことだ」と言った。「おそらく、〈L4〉にも衛星はあることはあるのだろう。しかしビームはまず〈L5〉に向けて撃たれる。そこから〈1〉〈2〉〈3〉のどれかに反射し、さらに〈L4〉でも反射して、星をグルリと巡らせてから、〈ヤマト〉を直接撃つ衛星にまで送る。そういう仕組みなのだと……」
「ふむ」と沖田。「今、〈ヤマト〉は〈L5〉を空の上に見る半球側に入り込んだところにいるな。ここで海から上に出て、空をよく見ていれば、要の衛星がビームを反射するところが見れると言うわけだ」
「そうです」
「やったじゃないか。さすが真田君」と徳川が言う。「ここまでわかれば、もうひと息なんじゃないか?」
「いえ……まだ半分を除外できたと言うだけですよ」
「それでもだよ。なんにもわからなかったのよりはマシだろうが。あともうひとつ何かわかれば、グッと絞り込めるんじゃないのか」
「そう。そんな気もするのですが……」
真田はスクリーンを見上げてみた。そうだ、と思う。もうひとつ、何かわかればグッと大きく〈魔女〉の居場所を絞り込める。それも容易く――おれは何か簡単なことを見落としている。そんな気がしてならなかった。艦長は言った、必ず死角はあるのだと。死角ではないところに、別の形で――君ならそれを見つけられると。
そうだ。確かに死角はあった。星の〈L5〉にある衛星を殺れたら〈魔女〉を封じられる。艦長の言った通りだった。だがまだある。これだけではない。他にも何か――。
そう思ったときだった。アナライザーが言った。
「森船務長カラ報告ガ入リマシタ」
「なんだ?」と沖田。
「読ミマス。『重傷者多数。輸血ノ限界状況。コレ以上ニ死傷者ガ出ルト、日程ニ多大ナ遅レヲ出スコトニナル』……」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之