敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
ケガ人をこれ以上に出したなら
「ケガ人をこれ以上に出したなら、日程に大きな遅れを出してしまうことになるって?」
と大山田は言った。腕をまくって針を刺され、輸血用の血を採られているところだった。そうしながら、採血の作業をしている黄色コードの女性船務科員と話していて、彼女から聞かされたのがその問題。
「つまり、そこまで血が足りないって言うことなの?」
「まあそうだけど」
「だったらもっとジャンジャンおれの血抜いてくれよ。この作戦でおれには特にできることはないんだから、ギリギリまで抜いていいよ。後は部屋で寝てるからさ」
「だから、それが困るのよ。それをやらなきゃいけないことになったとしたら、旅が遅れるか、地球に一時帰還を余儀なくされることになる。今ならまだそこまで行かないと言う話なの」
「ん?」
「あなた〈ゼロ〉の整備員でしょ? 〈ゼロ〉が帰ってきたときに修理する役目でしょ? なのに血がなく一週間も動けないとなったら、そのあいだ、あの戦闘機を飛ばせないじゃないの」
「ええと……」
「血が足りなくてフラフラじゃ、機の整備なんてできないでしょう。整備不良で〈ゼロ〉が墜ちたらどうしてくれんの。あなただけじゃなく、クルーがみんなそうなっちゃったらどうなると思う? どこかで誰かが重大なミスを犯したならば、そのせいで……」
「旅がひと月も遅れることになりかねない……」
「そういうことよ。あなたから抜ける血の量は決まっているの。それ以上の血を抜くことは、〈ヤマト〉の帰還を何ヶ月も遅らすことだと考えていいの」
と彼女は言って、それから、
「それにあなたには、これが済んだら砲座かスラスターの修理に行って欲しいのね。戦闘部員はみんなケガをしてるから、これから敵と戦うのにも補助に就いてもらわなきゃ」
「ああ」と言った。「そうか」
「そこであなたがケガしたら、今度はあなたに輸血が必要になってしまう」
彼女はそばに積んであったおにぎりをいくつか取って、「ほら」と言って差し出してきた。
「ありがとう」
言って大山田は受け取った。食べようとしてから、
「でも……」
「そう。そのときに、あなたのための血はもうない。だからやっぱり今あなたから余分に血を抜くわけにいかない」
「そうか」
とまた言った。おにぎりをひとくち頬張る。それを呑み込んでから、
「でも、それじゃどうなるんだ? 今この上には何隻も敵の戦艦がいるんだろ? いくら〈ヤマト〉が強いと言っても、戦って無傷で済むとは……」
「ええ」
と彼女。深刻な表情で、血の溜まっていく袋を見ている。
大山田は言った。「どうするんだよ! ケガ人を出さずに済むとはとても思えないぞ!」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之