敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
船務科の立場
「〈ヤマト〉はもう負傷者を出せる限界まで出してしまった。これ以上にケガ人が出たら、日程に一ヶ月もの遅れを出すことになる。それどころか、さらに出たなら地球に一時帰還をせねばならなくなる。たとえここで勝ったとしても……現状を分析すれば、結論としてそう言わざるを得ない」
〈ヤマト〉船務科室で副船務長が言った。船務科室には船の被害状況や、応急修理の進み具合が逐次仔細(ちくじしさい)に報告され、艦橋に送るデータにまとめる作業がされている。すべては船務科員達が〈ヤマト〉艦内を駆け回り、眼で見届けてくるものだ。
輸血については結城その他の科員に任せて、森は科の部屋に戻っていた。壁のマルチスクリーンには、船の損傷箇所を写した画(え)が並んで映されている。
「ですが、これじゃあ〈ヤマト〉はケガ人をまったく出さずに上にいる敵戦艦と戦わなければならないと言うことになりませんか? そんなこと、とてもできると思えないけど」
森は言った。「わかってるわよ。でも、ウチとしちゃ、そう言うしかないじゃないの」
「そりゃそうかもしれないけど……」
この〈ヤマト〉という船において、船務科の第一の務めは船の運行管理だ。日程に遅れを出さぬように努めること。できるのならば日程より一日でも早く地球に帰らすことだ。この作戦の中にあっても、それが変わることはない。
この戦いにたとえ勝ってもひと月も旅が遅れるようでは一体どうするのだ。その間に地球でどれだけ多くの子供が放射能の混じった水を飲むことになるか。どれだけ多くの女達が子供を産めない体になるか。どうかその点を考えてくれとクルーらに――そして艦橋の沖田艦長に言わねばならない立場なのだ。
集められたすべてのデータは、今の〈ヤマト〉が死傷者を出せる限度の状況にあるのを示していた。死者については、ほんの十数名に過ぎない。だがケガ人があまりに多い。
この大量のケガ人に動ける者の血を輸血していたら、この星でたとえ勝っても立って歩けるクルーが全然いなくなってしまう。
一体どうするのだ、それで! いや、状況はまだそこまでいっていない。しかし一歩手前なのだ。〈ヤマト〉はあと一発か二発大きな打撃を受けたなら、外宇宙に出る前にカイパーベルトにでも潜んでしばらく休まねばならぬことになるだろう。
それを敵に知られたら、避難していた九十隻がたちまち逆襲に戻ってきて、サンドバッグにされるだろう。航空隊では護り切れずに全部墜とされてしまった後で、敵の対艦攻撃機が群れで襲ってきたら、どうする。
船体各所の対空兵器は多くが衛星反射ビームに殺られるか、浸水などの影響ですでに使えぬ状態だ。その修理にも人手が要り、撃つ射手にも人手が要るのに、その誰もが血が足りなくて動けないとなったら、どうする。どうやって戦う?
森はマルチスクリーンを見た。海に潜る前に〈ヤマト〉は主砲が使えぬ始末となっていたけれど、損傷自体は軽微だった。今その補修は進んでおり、戦う力を一応すぐにも取り戻せそうではある。
だが、一応だ。〈ヤマト〉はガミラス戦艦を三隻相手にして勝てる――そう造られていると言うが、それは乗組員が戦えてこそだ。戦艦相手にビーム砲を撃ち合えば、また多くのケガ人が出る。いや、そのときはケガ人どころか、死者が多く出るだろう。今度こそ〈ヤマト〉は戦えなくなって、敵に捕まっておしまいだ。
そうとしか思えない。だから艦長に言わねばならない。『どうか死傷者を出すことなく、ガミラスに勝つ方法を考えてください』と。だがそんなことできるものか?
「無理でしょう、いくらなんでも」
と副船務長が言う。森はまた言うしかなかった。
「そうだけど、でも……」
と、そのとき警報が鳴った。別の部下が声を上げる。「船務長!」
「何?」
「火災発生! 機関室です!」
「え?」
と言った。機関室? かなり危険な状態にあると言う報告は受けていたけれど――。
「どういうこと?」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之