敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
闖入者
「なんだこれは? 真っ暗じゃないか」
男のひとりが朝鮮語で言う。タッドポールの機内だ。長いトンネルをはるばる抜けて幾多の妨害を打ち負かし、ついに日本の地下東京にやって来たのはいいが、しかし窓に何も見えない。
「暗いだけじゃない。ひどく煙っているようだな」
別の男がやはり朝鮮語で応える。機のライトが前を照らしているのだが、黒い煙に遮られて見通しが利かないのだ。
――と、行く手に巨大な壁が立ちはだかっているのが突然に現れた。
「うおっ?」
叫んで操縦士が機を操った。真正面から激突しそうになるのをすんでのところで躱す。しかしグラリと機が傾いて、キャビンにいた十数人の〈乗客〉が転がった。
「なんだなんだ!」
「柱だよ」と操縦士。これも朝鮮語で、「柱にぶつかりかけたんだ!」
「柱だと?」
言って何人かが窓を見た。なるほど地下都市空間の天井を支える柱の一本に機が衝突するところだったのが彼らでもわかったらしかった。しかし、
「一体何をやってるんだ!」
「しょうがないだろ? 暗いうえに煙いんだから!」
「煙い? 何がどうなってるんだ」
「知るか!」
喚き合いになる。だが機の中にも煙が入り、全員でタバコを吸ってるような具合になってきた。タッドポールは高空を飛ぶ性能も持つのでキャビンが与圧できる構造になってはいるが、気密されているわけではなく、人が吸う空気は機械で外から取り入れられる。機外の空気が煙っていればたちまち中も煙るのだ。
それだけではない。
「なんだ? 息が苦しくないか?」
ひとりが言った。他の者らが顔を見合わす。
「ああ、苦しい! なんだこれは!」「毒ガスか?」
口々に言い出す。彼らは強い反日思想を持ってここまでやって来たが、実のところ日本について何を知っているわけでもない。多くはまだ二十歳になるかならぬかという年齢の若者達で、この八年の苦難がすべて日本のせいだという考えを彼らの〈先輩〉に吹き込まれていた。
日本人を信じるな。やつらの言うことは全部が嘘だ。何がイスカンダル、コスモクリーナーだ。そんな話に騙されてなるか。
どうせすべてはあのイシザキという男が、企んだことに違いない。日本人だけ生き延びて他は殺す計画なのだ。許せん。だから我々で、その陰謀を止めるのだ。
とにかくそんな考えでいて、細かいことは考えてない。石崎を殺せば〈ヤマト〉は止まるだろう。冥王星を撃たれる前に――それだけしか考えてないのだ。とにかく日本にさえ行けば、なんとかなるに違いない――。
そんな考えでやって来た。石崎を殺しに来たのだが、石崎がどこにいるかを知ってるわけですらないのだ。地下東京が他ならぬ石崎首相の手に寄って停電中であることなど、無論、知るわけもなかった。
地下空間は真っ暗で、煙が機内に入り込む。
「罠だ! これは日本の罠だ!」
叫び声が上がる。そのタッドポール一機だけの話だけでなかった。何十という機体のどれでも乗っている者らが恐慌をきたし、喚き合って機内をドタバタと暴れまわる。
「ちくしょう、どこまで汚いやつらだ!」「日本人め。日本人どもめえっ!」
ゴホゴホ咳き込み、むせながらに彼らは怒鳴った。とにかく彼らの価値観では、悪いことは全部日本の仕業(しわざ)なのだ。
「前が見えない!」
操縦士が叫ぶ。タッドポールはどの機もグラグラ上下左右に動きを乱した。中にはニアミスを起こすもの、地下の柱や天井に激突するものもいる。
反重力航空機であるタッドポールは、少しくらい何かにブチ当たってもそれで墜落することはない。とは言え乗ってる者達がたまったものであるわけがなかった。ゴロゴロとキャビンの中を転げまわる。
「どうなってるんだ!」
喚いて、皆で窓の外を見ようとする。しかし真っ暗で何も見えない。
「ここはどこだ! 日本じゃないのか!」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之