敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
6時から12時まで
「簡単な話だったんだ」真田は言った。「バカバカしいくらいに簡単――小学校の算数レベルの単純な話だ。こんなものに惑わされていたなんて……」
〈ヤマト〉第一艦橋。他の者らがアッケにとられた顔をしている。
「ええと……」と新見。「なんの話なんですか?」
「だから、死角だよ。わかったんだ。もうひとつの死角が」
「はあ」
「艦長の言われた通りだった。死角のない武器などない。必ずどこかに別の形で死角が生まれているはずだと……その通りです。やつらの砲反射衛星には、死角がないように見えて実は大きな死角があった……」
「はあ」
と言って新見は今度は艦長席の沖田を見た。他の者達も沖田を見る。『別の形で死角がある』――確かに沖田はそんなことをさっき言ったようだなという表情で。
しかし当の沖田は言った。「そんなことを言ったかな」
「言いました」
「うん」と言った。「言ったかもしれん。だが、わしは知ってて言ったわけではない。わしにはわからないけれど真田君なら見つけてくれると思ってそう言っただけだ」
一同がみな頷いた。確かにそんな話でもあったようだなという顔だ。
「で、ホントにあったのか?」
「と思います」真田は言った。「砲台がどこにあるかを大きく絞り込めるはずです」
「ほう」
「ええと……」と太田が言う。「また、ラグランジュ・ポイントみたいに……」
「いや」と言った。「とりあえず、そいつは脇に置いてくれ。事はもっと簡単なんだ」
「はあ」
「小学校の算数レベルだ」もう一度さっきと同じことを言った。「わかってしまえば、『なんでそんな簡単なことに気づかなかったか』と思うような……」
真田は一同の顔を見た。皆が皆、『一体何を言い出すのか』という表情で自分を見ている。
けれど誰もが、説明を聞けばあまりのことに驚くだろう。〈魔女〉にそのような死角があるとはなかなか気づかない。気づいてしまえばバカバカしいほど単純と言うその事実にも。
「いいかみんな。こういうことだ」
真田は言って、コンソールのディスプレイにタッチペンで円を描いた。正面のメインスクリーンに表示させる。
「星は丸い」
「はあ」
と一同。全員の顔に、『何を当たり前のことを』と書いてあるのが読み取れる。
「で、ここに〈ヤマト〉がいるとしよう」
言いながら、真田は冥王星を意味する〈円〉の右横、時計で言う3時方向の離れた位置に球形艦首の〈船〉の画(え)を描いた。つまり、それが〈ヤマト〉である。
「このとき、〈ヤマト〉はこの星のこちら側は見えるけれども、反対側を見ることはできない。向こう側は死角なんだ」
言って、〈円〉の『6時から12時まで』の範囲を斜線で塗りつぶす。
「ええと……」
と相原が言った。真田の話がわからなくて首を傾げているのではない。図で見ればあまりに簡単過ぎることを真田がわざわざ言うのに戸惑っている表情だ。
「それがなんなんです?」
真田は言った。「〈魔女〉は常に死角にいる」
「は?」と相原。「移動してるってこと?」
「してないよ。するわけないだろ。ビーム砲は固定式だ。星のまわりを自分でグルグルまわれるんなら鏡は要らん」
「そうですよね」
「そうだ。しかし砲台は常に〈ヤマト〉の死角にある」
「はあ」
とまた相原。今度は真田の言ってることのポイントが掴めない顔で、
「そうなんですか?」
「そうだ。だって死角でないなら、ビームを撃つと砲台がこちらで見えてしまうだろう。〈L5〉めがけて撃つところが、〈ヤマト〉のカメラに映ってしまう」
「そりゃまあ」
「だいたい、死角でないのなら、直接〈ヤマト〉を撃てばいいんだ。変な衛星を使わずにまっすぐこちらを狙えばいい……いや、一撃に沈める気なら、やつらは当然そうするだろう。波動砲の秘密が欲しくてそうはできないと言うだけだ」
「ええまあ」
「だから〈魔女〉は常に死角。敵は〈ヤマト〉が砲台の死角にいるときだけこの船を狙い撃つ」
「はあ……それはわかってますが……」
と相原が言う。他の者らも頷きながらも、『この先生は一体どうしちゃったんだろう』という眼を互いに向け合っていた。
「口で説明してもちょっとわからないだろう」真田は言った。「だが、図で見ればわかるはずだ」
「はあ」と一同。
真田は先ほど描いた画に線を書き足した。〈ヤマト〉が3時の方向にいるなら『6時から12時』が死角。さらに、時計で言えば11時のところに〈砲台〉を示す画を描いて、ふたつの鏡でカクカクとビームを反射させて〈ヤマト〉を撃つ図とする。
「これが〈ヤマト〉に撃ってきた一発目のビームだ。砲は星の向こうにあるな」
「はい」
と一同。皆、『この画がなんなんだ』という顔ながらも頷いて聞く。
「では、〈ヤマト〉が位置を変え、ここにやって来たとしよう。すると〈死角〉も変わるけれど、砲の位置は変わらない。つまり……」
タッチペンで真田は線を描き加えた。訝(いぶか)しげにスクリーンを見ていた艦橋クルー達の表情がそこで劇的に変化した。みな驚愕に眼を見開く。
一斉に言った。「ああっ!」
「わかるだろ? 簡単なことだったんだ」真田は言った。「〈魔女〉は必ずこのどこかにいる」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之