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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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火を噴く機械に藪は斧を振るっていた。ただひたすらそうする以外にできることがないのだから仕方がない。足元の床では斎藤副技師長が倒れたまま動かずにいる。

落ちてた斧を拾うとき揺すって声を掛けてみたがなんの反応も示さなかった。まさか死んでしまったなんてことはないと思うが、わからない。船外服がこの二百数十度の環境に耐えられなくなったのならば中の人間が無事でいられるはずがないのだ。

おそらく、生きていたとしても、このままでは斎藤は死ぬ。あと五分か十分のうちに――。

そうは言っても船外服込みで重さ百キロを超える斎藤の身体を藪がひとりで機関室から運び出すなど無理な話だ。そして、火事。藪には火が燃え広がるのを防ぐと言う仕事があった。とにかく斧を振るわねば何もかもおしまい。斎藤に構う余裕があるはずもない。

藪は斧を振り下ろした。やってみるとこれが重労働だった。回路基板は思いの他に頑丈で、渾身の力を込めてもロクに壊れてくれない。

重い斧を振り上げ、下に叩きつける。藪にしても軍人だから体を鍛えてはいたが、しかしこれはひと振りが懸垂の一回にも相当するほどの運動だ。とても長く続けられるものではない。

『頑張れ! もう少しだ、もう少しだけ!』

通信で徳川機関長の声が聞こえる。藪は「はい」と応じながらも、あとどれだけ『もう少し』が続くんだよと考えた。せめて言ってくれるのが、じいさんじゃなくて若い女の子なら……。

しかしもうダメだと思った。限界だ。そもそもこんなのひとりの手で追いつくようなもんじゃない。ここでおれが諦めたら船はおしまいで地球も終わりと言われても、無理なのは無理。

一回ガンと斧を振ったら、それからしばらくフウフウと息をついて休みを入れて、それからまたよっこらしょと斧を振り上げる。とうとうそんな具合になった。

――と、部屋に充満していた煙が急に横に流れ出した。おや、と思う。

『藪』徳川の声がした。『もう大丈夫だ。よく頑張ったぞ!』

「は?」

自分の〈服〉についた温度計のメーターを見る。《200》を超えていた数値がみるみる下がっていくのがわかった。火災で発した煙も流れて部屋から出て行き、視界が晴れつつある。

そしてドカドカと音が聞こえた。気づけば周囲で、斎藤と同じ船外服を来た者達が、まだ火を噴いてる機械に斧を振り下ろし、配線をちぎって消火剤を吹きかけている。

『もう大丈夫だろう。よくやったな』

通信機にまた徳川機関長の声が入ってきた。

「はあ」と応えた。「何がどうなっているんです?」

『何、簡単なことさ。空気を換気させたんだよ』

別の声が通信機に入ってくる。この部屋にいる技術科員のものらしい。

『機関室の右と左の送風機を設置して、外の冷気があっちの口から入ってこっちへ流れるようにしたんだ。今この船の中は機関室だけ二百度で、他はマイナス何十度だからな。零下の空気がドーッと流れ込みゃあ、この部屋だってイヤでも冷える』

「ははあ」

『火はおれ達でなんとかする。機関員も追っつけ戻ってくるだろう。それまで〈予備システム〉ってやつを見てやってくれないか。おれ達にはよくわからないからな』

「あ、はい。いえ、でも……」

『大丈夫だ』と艦橋からの徳川の声。『わしがこっちでモニターしているからな。お前はわしの指示通りにすればいい』

「はい」

と言ってその部屋を出る。見るとなるほど通路の先で、直径が1メートルはありそうなプロペラファンが風を送っているらしいのが見えた。