敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
10時から12時まで
真田は手元のコンソールのパネルのひとつが映し出すカメラの映像に眼を向けた。自分の本来の部下である技術科員の者達が、機関室から数人がかりで斎藤らしき船外服の男を運び出すところが映っている。どうも意識がないらしく見えるが大丈夫なのかな、と思ったが、
「とにかくだ」と、艦橋クルーに対して言った。「わかるだろう。〈衛星反射砲〉と言う武器は〈死角でないところが死角〉なわけだ。直接〈ヤマト〉を撃てないために、死角からしか撃ってこれない。しかし〈ヤマト〉が動いたら死角もまた動くのだから、二回撃てばふたつの死角が重なるどこかに砲台があると言うことが自(おの)ずと明らかになってしまう」
今や艦橋にいる者達は、真田の話を完全に理解し、頷いて聞いている。当然だろう。図で説明してしまえば一目瞭然なのだから。
真田は〈一発目〉の図を、冥王星に対して〈ヤマト〉を画面の右横、時計で言う3時方向に置いていた。すると『6時から12時まで』の範囲が〈ヤマト〉から見ることのできぬ死角となる。
次いで、真田は〈二発目〉のとき、〈ヤマト〉が7時の方角に移動しているように描いた。すると、『10時から4時まで』が新たな死角と言うことになる。
砲台は必ずそのどこかにある――が、しかしだ。『12時から4時まで』のどこにもそれがないことは、〈一発目〉の図を見れば明らかなのだ。あるのは必ずふたつの死角が重なる範囲、『10時から12時まで』と言うことになる。
それはタッタ60度。星全体の六分の一だ。他の六分の五については、『砲台は存在し得ない』として除外していいことになる。
図で見てしまえば単純そのもの。小学生でも0点小僧でない限りわかるほどの簡単な算数……しかし言われてみなければ、自分でこれに気づく者はなかなかいないかもしれない。艦橋内でスクリーンを見上げる者らは、みな驚きの表情のままだ。
「しかも、〈ヤマト〉はこれまでに二度しか撃たれてないわけじゃない」と真田は続けて言った。「星の周りを回りながら何度も何度も撃たれてきたのだ。一発撃つごとに敵はわざわざ自分から、〈捜索不要〉の範囲を広げてこちらに明かしていたことになる。ゆで玉子が自分で殻を落としていくみたいにな」
真田は図中の『10時から12時』、まるでピザの最後に残ったひと切れのような部分に線を描き入れた。その残りさえ半分を食ってしまったような図にする。
「〈魔女〉は必ずここにいる。ただここだけ探せばいいんだ」
太田が言う。「後はそこに航空隊を行かせれば……」
「そうだ」と言った。「太田、こいつの計算はできるな。すぐ割り出せ! すべての死角を重ね合わせて範囲を絞り込むんだ!」
「はい!」
と太田。真田はメインスクリーンの画(え)を、冥王星全土の地図に切り替えた。
「古代がさっきの『やえ、よのなか』の意味を察しているならば、おそらく今はこの辺りに向かって飛んでいるはずなんだな」
タッチペンで印を付ける。新見が応えて、
「はい、そうです」
「〈魔女〉はおそらくそこからそう遠くない。着く頃には太田の計算は済んでるだろう……」言って、沖田の方を向いた。「艦長、意見を言わせてもらってよろしいでしょうか」
「なんだ?」と沖田。
「航空隊との交信です。もはや通信を制限する意味はないと考えますが。古代がこのポイントに着けば、おそらくこちらに指示を乞うてくるでしょう。今までのようなやりとりでは、捜索すべき範囲を教えてやれません。そしてこちらが〈死角でない死角〉に気づいたのはどうせすぐ敵も気づく……」
「だろうな」と言った。「相原、今のを聞いていたな。航空隊との通信制限を解除する。太田の計算が出来たなら、古代に指示を送ってやれ」
「はい」
と相原。沖田は頷き、それから真田に眼を向けた。
「やったな、真田君」
「はい……」
と応えつつ、どうなのだろう、これでおれは〈魔女〉に勝ったことになるのかなと、真田は自分に問いかけていた。自分の描いた図を見直す。
この考えでビーム砲台がある位置を大きく絞り込めるのは間違いない。〈ゼロ〉と〈タイガー〉の能力ならば探せるはずと言える程度に。
沖田は『君なら〈スタンレーの魔女〉に勝てると見込んだ』と言って、砲台の位置を突き止める任務を自分に課した。どうやらこれでその役を半ば果たしたと言っていいのかもしれない。後は古代が〈ゼロ〉で〈魔女〉を殺ってくれれば、おれはあいつの兄貴の仇を取ったことになるのかも。
が、しかし――と真田は思った。そのときに新見が言った。
「艦長。ひとつ懸念(けねん)があるのですが……」
「なんだ?」と沖田。
「航空隊を計算で割り出した場所へ向かわすのはいいのですが、途端に敵は〈魔女〉の居場所をこちらが突き止めたのを知るわけでしょう。必ず迎撃に出てくるはずです。戦闘機には戦闘機。〈ゼロ〉と〈タイガー〉は百機の敵に迎え撃たれることになる……」
「だろうな」と沖田。「しかし、それは元々わかっていたことだ」
「ええ。そうではあるのですが」
と新見が言う。そうだ、と真田も思った。艦長はおれに〈魔女〉の対策を任せたとき、『敵は必ず戦闘機を百機程度は残しているはず』とも言った。〈ヤマト〉の航空隊と戦う最低限の戦力として――そしてその全機を基地でなく砲台の護りにまわしているはずだと。古代が〈魔女〉に向かうとき、その百機が飛び出してくるのだ。
いかに機体の性能では地球の方が上と言っても、これは航空隊の者らに『死ね』と言うようなものだ。たとえ勝って終われたとしても、果たして何機生き残れるのか。
おそらく、ほんの数機がせいぜい。ことによると全滅と言うことすらないと言い切れない。
どうする、と思った。もしすぐにでも砲台が見つかり核をブチ込めるなら、古代のやつはその後有利に戦うこともできるはずだ。損耗は少なく済むと期待していいはず。
だが、長引くことになれば――どうする、と思った。なんとかして〈魔女〉の居場所をもう少し絞ることはできないのか。それができればそれだけ古代と戦闘機乗り達を助けてやれることに――。
「待てよ」と真田は言った。「そうだ。ひょっとして……」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之