敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
ド突き合い
『なんだこれは! どうなってる!』『わからん! おれ達もサッパリなんだ!』『息が苦しい! この煙はなんだ。毒ガスか?』『だから「わからん」と言ってるだろうが! だいたいお前ら、どこの誰だ!』
通信の声が地下東京の中の空を飛び交っている。それぞれのセリフは異なるいくつもの言語によって発せられているのだが、自動翻訳装置によって受け手は自分の母国語として相手の言うことを聞き取るのだ。機械の翻訳は当然ながら完璧でないので、かなり誤訳も混じっているはずだった。
『お前らこそどこの誰だ!』『なんだと、それが人にものを聞く態度か!』『騙されないぞ。これは日本の罠だろう。お前ら日本人じゃないのか?』『なんだとお! よくもよくも』『「違う」と言うなら証拠を見せろ!』『いーやそっちが「日本人じゃない」と言う証拠を見せろ』『「見せろ」ったってこんなんで何をどう見せると言うんだ』『そういうことを言うのが怪しい』『なんだとう!』
彼らは日本にやって来た半日虐殺集団だ。朝鮮に続いて他のさまざまな国から次々に地下東京に辿り着き、そこで予期せぬ事態にまごついているのだった。
日本に来てみればそこは真っ暗。飛び交う無数のタッドポールが放つ光が流れ動いているばかり。機首のヘッドライトに機体各所の標識灯。あまりの数にあちこちで機体がぶつかり合っている。
『バカ野郎! どこ見てんだ、気をつけろ!』『何おうっ! そっちが気をつけやがれ!』
タッドポールは空気より〈軽い〉風船のようなものであるがゆえ、ちょっとニアミスした程度で墜ちることはまずないのだが、
『てめえ一体どこの国だ!』『てめえこそどこの国で操縦覚えた!』
怒鳴り合って自分からぶつけ合いを始めてしまうと、操縦士はいいかもしれぬがキャビンに乗る者達はたまったものであるわけがない。互いの機内で人がゴロゴロと転がった。
「何やってんだ!」天井に頭をぶつけて喚(わめ)く者がいる。「こんなことしに来たんじゃないだろう。やめろ! やめないか!」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之