敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
陥落
「もうダメです! ここは持ちこたえられません! わたし以外はみんな――」
殺られてしまった、とでも言おうとしたのだろうか。通信機のマイクに向かって何事か叫ぼうとしていた男は先の言葉を続けられずに頭をビームで撃ち抜かれた。
床に倒れる。そのまわりにはついさっきまで彼が共に戦っていた同志の死体。それがいくつも血にまみれて転がっている。
同じように血を噴き出して倒れながらも、彼にはまだ意識があった。最後の声を振り絞って彼は言った。
「い、石崎、先生……ばん、ざい……」
ガクリ。彼と彼の死んだ同志は、みな〈石崎の僕(しもべ)〉と呼ばれる狂信者だった。臨終のこの瞬間にも、彼は自分が石崎総理の〈愛〉の力で明日にまた生き返ると信じていたに違いない。
地球の地下東京の北の端にある変電所。彼は今までそこを砦に戦っていた〈愛の戦士たち〉のひとりだった。今日一日、この砦を維持させて総理の〈愛〉を拒む愚かな者達のすべてが死ぬまで戦う。それが石崎先生の〈愛〉であり宇宙の〈愛〉だ。そう固く信じていたに違いないのだ。
変電所の施設は本来、街を停電させようとする狂人から中の設備を護るため要塞として造られている。それを彼らは今日に乗っ取り、逆に街を停電させて、電気を回復させるため突撃してくる者達を防ぐための砦に変えた。砦は彼らの信念のように強固であり、彼らのひとりを殺すために攻め手は百の犠牲を出さねばならなかった。
しかし、それももう終わりだ。ついに防壁は崩れ落ち、突撃兵が雄叫び上げて施設内に雪崩れ込んでいる。もはや〈愛の戦士たち〉は、為す術(すべ)もなく銃剣に刺されて死ぬだけとなっていた。
「石崎はどこだ! 石崎を殺れ!」「いや、それよりも変電設備だ! 送電を回復させるのが先だ!」
突入した者達が口々に叫ぶ。とにかく〈石崎の僕〉については、見つけ次第に殺すしかない――そして〈僕〉の方にしても、降伏や命乞いをすることはなかった。
「バカめーっ! 石崎先生の〈愛〉がなぜわからんのだーっ!」
と叫びつつ向かってきて、自(みずか)ら銃剣に刺されていく。
その手にはピンを抜いた手榴弾。
ドカーン! と、変電所のそこかしこで爆発が起きた。けれどもそれも、最後の抵抗に過ぎなかった。施設はたちまち制圧され、奥へ奥へと兵に確保されていく。
しかし、
『石崎はまだか、石崎を探せ!』
指揮通信車両から、士官が持つ受令器にそんな声が送られてくる。とにかく、まず石崎だ。電気については技術部隊に任せて石崎和昭を探せ。あの怪物の首を獲らぬ限り、安心することはできない。追い詰められたら何をするかわからぬ男でもあるのだから、と――。
「そうだ、石崎はどこにいる!」各所で士官達が叫んだ。「まだ見つけられないのか?」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之