敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
独白
その歌声と男の声は、日本にやって来た外国人達の乗るタッドポールの無線機器も受信していた。声はたちまちそれぞれの国の言語に翻訳され、機械の合成音声となって機内に流される。
『ア〜ア〜』
女の歌声はそのままだ。石崎は言った。
『皆さん、世界は、いま滅亡に瀕しています』
『ア〜ア〜』
『わたし達は、今日と言う日を生き延びることができないでしょう』
『ア〜ア〜』
『すべてはわたしの責任です。わたしは日本国首相の身でありながら、社会がこうなるのを止められませんでした』
『ア〜ア〜ア〜』
『わたしは……わたしは……』
『ア〜ア〜』
『時をかける男……』
『ア〜ア〜』
『〈愛〉は輝く船……』
『ア〜ア〜』
『わたしは青春の幻影。若者にしか見えない時の流れの中を旅する男。石崎と言う名の、皆さんの想い出の中に残ればそれでいい。わたしはそれでいい……』
『ア〜ア〜ア〜ア〜』
『さようなら、皆さん、そのときが来たのです』
『ア〜ア〜』
『さようなら……』
「なんだなんだ? 黙って聞いてりゃ、酔っ払いのうわごとか?」「変なクスリでもやってんじゃねえのか?」
各機内で口々に、乗る者達がそんなことを言い出した。
しかし中には、
「いや……」と首を振る者がいる。「これがイシザキだ」
「イシザキ……」
「そうだ。こういうやつなんだ」とその者は言った。「こいつこそおれ達の敵だ」
『フッフッフ』
笑い声がした。もう『ア〜ア〜』のコーラスはない。
『そうです、皆さん。わたし達はみんな死ぬ。しかしそれで終わりではない』
石崎の声は誰もが知っている。二百年前の日本の俳優・伊武雅刀の声にちょっと似ているなどと言われ、だからそれを真似てるときの山寺宏一と言う声優に似ていると言われて、しかしそのイブなんとかと言うのを今では誰も知らぬがゆえに『似てる』と言われても皆が首を傾げるのだが、とにかく誰もが知っている。機械の同時翻訳がやや遅れて聞こえるのだ。この男が語る声を日本にやって来た者達が、百の言葉で同時に聞いた。
『なぜなら、わたしは、明日に甦るからです』
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之