敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
101回目の挑戦
石崎の声は、ラジオの音声だけでなく、この男が立てこもる変電所の内外でもスピーカーで流されていた。攻め込む銃剣兵達も、まだわずかに残っている最後の砦の護り手達も、戦闘の手を止めてその声に聞き入っていた。
敷井もその例外ではない。捕まっていた職員達は、みな後ろ手にプラスチックの結束バンドで拘束されているだけだった。その昔からある電気コードなど束ねるあれを、太く長くしただけのものだ。ナイフで簡単に切ってしまい、後は口に貼られたテープを自分ではがさせるだけ。
石崎の声が聞こえてきたのは、そうやって、彼らをあらかた自由にしてやったところだった。カラオケパブのステージで男が泣き歌うかのような、自己陶酔オヤジの声。間違いなく石崎だった。皆が恐怖の表情で、途轍もなく厄介な種類の人間の声を聞いた。それはいくつものスピーカーで辺りに鳴り響いている。
『フッフッフ。〈愛〉は時間を裏切らない。時間も〈愛〉を決して裏切ることはない。わたしは〈愛〉のためなら死ねる。しかし、わたしは死にません』
聞いて敷井は鳥肌が立つ思いだった。これだ。これが石崎だ。たとえ百回敗れようとも百一回目の挑戦をする。自分は〈石崎101(ハンドレッド・ワン)〉だから今度こそは必ず勝つと信じる男。
それが石崎だ。声は叫んだ。
『わたしは死にましぇ〜んっ! わたしは皆さんを愛しているから。わたしの〈愛〉こそ人類の夢だからです。〈愛〉は滅びぬ。何度でも甦るのです。人はいつか時間さえ支配することができるでしょう、わたしの〈愛〉で。ああ、わたしには時が見える……』
石崎は言った。わかったわかった、あんたがどういう人間かみんなわかってるんだから、もう勘弁してくれよという気に敷井はなってきた。そんなことはお構いなしに石崎は続ける。
『愚かな者どもよ。わたしは死なない。銃や剣でわたしを殺すことはできん。わたしを殺す力があるとすればそれは〈愛〉だけだ。それを思い知るがいい』
一体どこまで前置きが長い人間なのだろう。『ア〜ア〜』から始まっていつまで引っ張るつもりなのか――さすがにみんながそう考え出したところであると思われた。そこでどうやらようやくのように石崎は言った。
『わたしには〈ペロペロン爆弾〉を使用する用意がある』
その後に何やら奇妙なささやき声のようなものが聞こえた。しばらくしてまた言った。
『もとい。〈ハイペロン爆弾〉を使う用意がある』
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之