敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
短絡する人
地下東京都知事原口裕太郎は、純然たる〈石崎の僕(しもべ)〉と言うわけではない。石崎とかかわり合うとロクなことにならないのを身に染みてよく知っていたので深い交際は避けていて、『あの男だけはとにかくヤバイからあまり近付き過ぎるな』と周囲に対してつねづね言ってきたほどで、石崎がまた何かしでかすたびにヤレヤレと遠くで首を振ってきたのだった。
だから決して〈石崎の僕〉などではないのだが、それでも、この都知事にとって、石崎和昭は人生の師。偏(かたよ)ったヲタク思想の拠り所となる存在であるらしい。石崎の名を呼ぶときの原口の顔は非常に複雑な、必死になって笑いをこらえるような表情になりながら、それでも偉大な人物を讃える畏敬(いけい)に眼が光り輝くのだった。
原口裕太郎は石崎の〈愛〉の思想など信じていない。それでも石崎を信じていた。そしておっぱいとロボットと、ロボットとおっぱいを信じていた。聞き慣れない漢字言葉やカタカナ言葉に非常に弱く、〈電磁ザボーガ〉とか〈張線ポリマ〉と言った言葉を聞くと、簡単に、それは何か凄いもので世界がすべてひっくり返り、ノストラダムスな大予言を実現させてしまうのだろうと早合点して思い込む。〈ピンク・レディー〉とか〈桃尻娘〉と言った言葉にも極めて敏感に反応する。原口裕太郎の好きな言葉は〈フライト・アテンダント〉に〈ストリーキング〉だが、聞いて慌てて見に行ったらそれが男であったときの悲しみの顔は同情を誘う。
〈ぐっちゃん〉とも呼ばれる彼はそういう男だ。今もまた、石崎の〈ハイペロン爆弾〉と言う言葉を聞いて、『さすが先生』と叫んでいた。ハイペロン! なんですかそれは、ああ先生! 核とは違うのですね、核とは!
「さすが石崎!」
〈ぐっちゃん〉は叫んだ。短絡的な人間は考えることが短絡的だ。中二の頭で物事に荒唐無稽な解釈を付け、絶対そうに違いないと決めてしまう。彼の頭で〈ハイペロン爆弾〉とは、ヲタクでない者を皆殺しにしてヲタクにとっては無害である夢の爆弾と認定された。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之