敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
人間ハイペロン爆弾
「フッフッフ」石崎は笑った。「これだけやれば充分だろう。これでもう、誰もわたしに手出しはできん」
「そうですか? しかしこれからどうするんです?」
と〈黄色〉の若者が言った。名前は神敬介(じんけいすけ)だが、誰も決してその名で呼ばない。みんな『そこのデブ』だとか、『役立たず』などと呼ぶ。
「逃げるに決まっとるだろうが」
石崎はカネの詰まった鞄を脇に抱えていた。こればかりは誰にも渡さんとばかりに持ち手を握っている。
「はあ。しかし、『逃げる』ってどこへ」
「わたしは逃げるのではない!」怒鳴った。「人聞きの悪いことを言うな! わたしは過去を捨てるだけだ!」
「はあ」と言った。「ええと……」
「イエロー。お前は、わたしが逃げると思ってるだろう。そうではない。すべては〈愛〉のためなのだ」
「いえ、ですから、どこに行くのかと……」
「わたしの〈愛〉をわかってくれる人間が、この宇宙のどこかにいる。わたしはそこで〈復活〉の物語を作るのだ。これは新たなる旅立ちなのだ」
「だから具体的にどこ……」
「イエロー。わたしは、お前を息子か、弟のように思っていた」
「は?」
「しかし、お前は爆弾なのだ。事故で身体を失くしたお前は全身がサイボーグとなっている。そしてその身はハイペロンで出来ているのだ」
「ええっ?」
と言った。石崎の眼は神(じん)のでっぷりと太った腹の辺りに注がれているようだった。
「そうだイエロー。お前は〈人間ハイペロン爆弾〉なのだ! わたしがこのスイッチを入れるとお前は爆発する!」
ボールペンを手にして親指で尻のところを押さえて言った。カチリとやるとペン先がもう一方の端から出てくる。
「あの」と言った。「そのハッタリで通る気ですか」
「ダメかな」
神(じん)は応えなかった。珍しくも石崎は困ったような顔になり、〈緑〉の若者に眼を向けた。名前は城茂(じょうしげる)と言うストロンガーなものであるが、どう見てもただのガキである。
「グリーン」
「あ」と言った。「おいら、母さんの内職の手伝いがあるの忘れてました。今日はこれで家に帰ってもいいですか」
どのみち役に立ちそうにない。石崎はペンをカチカチさせた。要するにこれからどのようにしてこの苦境を切り抜けるか何も算段はないらしい。
けれどもこれは、『毎度のこと』と言わねばならない。この石崎と言う男は、やることがいつもこうなのだ。常にこうだし、いつだってこうだ。ハッタリとムード任せでジャジャジャジャーンと人を煽(あお)ればすべて自分に都合よく事が運ぶと信じて闇雲に物事を始める。
そしてもちろん、大抵の場合、彼のやることはうまくいかない。変電所のこの部屋の外では、突入した兵士達とまだ生きている〈僕(しもべ)〉達が、キョトンとした顔を見合わせていた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之