敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
話が合わない
「どうするんです! 三発目を喰らったら船は!」
〈ヤマト〉艦橋で島が叫んだ。今は加速もブレーキも島に任せられているが、操縦席のコンソールパネルにはごく小さなレーダー像しか表示できず、満足なビーム回避など望めない。まして、砲台がいくつもあって、宇宙のどこから撃ってくるのかわからないと言うのでは――。
〈ヤマト〉は進路をそらしながらも、冥王星に近づいている。最初はほぼ真円の満月型に見えていた星が、少しずつ欠けて歪んでいきつつあった。このまま行けばいずれは半月ならぬ〈半冥王星〉として窓に見えることになるだろう。
それまで船の命があればの話だが――どうする、と真田は思った。〈ヤマト〉が星に近づくごとに、砲の射程に深く入っていくことになる。このまま行けば行くほどに敵のビームは威力を増して、船の装甲を深く貫き内部を破壊させることに――。
にもかかわらず『なぜ』という問いが頭から離れなかった。そのために他のことをまったく考えることができない。なぜだ。どうしてガミラスは、宇宙からこの〈ヤマト〉を撃ってこれたのだ。そんなはずがない。こんなことがあるわけが……。
「嘘よ……」
横で声がした。新見が敵の〈衛星〉を分析しているらしいとわかる。しかし、
「こんなものに対艦ビームを撃つ力があるわけがない……」
この自分と同じことを考えているのだと真田にはわかった。そうだ。その通りだ、とは思う。しかし現に撃ってきたのだ。そう考えるしかないとなれば――。
真田も自分の手元の画面に件(くだん)の〈ビーム衛星〉の画(え)を出してみた。まるで四枚羽根の風車か、四弁の花といった形状。
しかしこれはなんなのだろう。四つの羽根だか花びらだかは、一見すると太陽電池パネルのようでもある。だが太陽から遠く離れたこんな場所で、あの程度の大きさのパネルに発電など望めないはず。
となれば、一体なんだと言うのか――それはビームを放った後、キラキラと真珠のように輝きながら、貝が殻を閉じるように四枚板を畳み合わせようとしていたらしい。
太田が言った。「でも、認めるしかないだろう! 敵は宇宙のどこからでもこっちを狙い撃てるんだ!」
「ええ……でも、そんなはずがないのよ。そんな……これでは、今までの話が全部おかしいことになってしまう……」
そうだ、と真田は思った。新見の言うのが間違っているなんてことがあるはずがない。冥王星に対艦ビームがあるとしたら、それは必ず星の地面に固定されているはずなのだ。なぜなら……。
「敵が小型高出力のビームを持っているわけないのよ。もしあったら、八年前にとっくに人は滅ぼされてる。一年前に〈きりしま〉が生きて戻れたはずもない……」
「そりゃ理屈はそうなのかもしれないが……」
とまた太田が言う。しかし、新見が正しいのは正しいのだと真田としては考えるしかなかった。ガミラスに宇宙を自分で移動できる強力なビーム砲があるはずがない。そんなものがあるならば〈ヤマト〉の波動砲のように船の舳先にでも付けて、一年前に逃げた沖田を追ってドカンと一撃に沈めることができたはずだ。
だが〈きりしま〉はやつらのどの船よりも強い主砲を持っていた。ビーム砲の火力においては地球の方が勝るため、八年間防衛線を維持してこれた。ゆえにこれが違うとなると、これまでの話のすべてがおかしいことになってしまう。
「でもそれは『これまでは』の話だろう? この一年の間にビームを開発したってことは?」
「有り得ません! だったらなんで、タイタンでそれを使わなかったんです?」新見が言った。叫び声に近かった。「あんな小さなものならば、駆逐艦にも積めるはずですよ。タイタンであいつを積んだ駆逐艦に囲まれてたら、〈ヤマト〉はひとたまりもなかった! 絶対にあそこで沈んでいたはずです!」
「それは――」
と太田。そうなのだ。ついこの前のタイタンでの戦いが、ガミラスに船に積めるほどに小型で高出力の対艦ビーム砲などあるはずないことの証左になっていた。そして今もあらためて、新見の言葉が正しいとどうしても考えざるを得ない。あの十字の妙な衛星。あんなものを持っているなら、どうしてタイタンで使わなかった?
あの貝殻みたいなパネルは、畳み合わせてすぼめる仕組みになっているわけだろう? 駆逐艦にもラクに積める大きさなのはひと目でわかるではないか。ワープによってタイタンに運び、〈ヤマト〉を狙い撃てばよかった。それでやつらはあそこで勝っていたはずだ。
新見は言う。「変よ。こんなの、理屈に合わない。なんであんな衛星に対艦ビームが撃てるって言うのよ。嘘よ。絶対にこんなのおかしい……」
「でも、そんなこと言ったって……」
とまた太田が言った。そのときだった。
「落ち着け!」
沖田の声が艦橋に響いた。真田はその一喝に、ピシャリを体を打たれたように感じた。
他の皆も同じだったようだ。みなハッとしたようすになって艦長席を振り返る。
「島。もう一度、制動を森に渡せ。お前は操艦に専念しろ」
沖田は言った。島は「は、はい」と応えて指示に従う。
「相原。古代に『行け』と伝えろ。予定通り作戦の第二段階に入る」
「はい……」
相原はマイクのスイッチを入れた。〈アルファー・ワン〉への回線を開ける。
「敵は罠を張っている。そう容易く破れるような単純なものなどではない――わかりきっていたことだ」沖田は言った。「だから慌てるな。落ち着くのだ。こういうことになるというのは、わしはある程度予期していた。そのうえでここで戦うと決めたのだ」
艦橋クルーを見渡して、最後に真田に眼を向けてきた。
「そうだったな、真田君」
「う……それは……」
返事に詰まった。確かにそうだと頷く他ない。ビーム砲台は冥王星かカロンに一基。敵に先に撃たせてしまえばその位置がわかる――作戦前に真田がそう言ったとき、沖田はすぐに『そんな簡単に行くものか』と返してきたのだ。
「君の考えは悪くはないが、やつらは必ず裏をかく手を講じている――わしがそう言った通りになっただけだ。なのにどうしてうろたえる」
「そ、それは……」
「新見」と今度は新見を向いて、「君も何も間違っとらん。あの衛星はハンパもんだ。おそらく極めて不完全な兵器で、何か欠陥を抱えている。いまこの船を撃つ以外には、きっとほとんど役に立たんようなシロモノなのだ。だからタイタンに持って行って使えなかった――そういうことは考えられんか?」
「あ……」と言った。「そ、そうです……そうに違いありません……」
「そうだろう。でなければ話が合わん」
沖田は言って、また真田を向いてきた。
「ならば、必ず弱点はある。探るのだ。どんなものか突き止めてしまえば、切り抜ける道も見つかるだろう。君なら必ずそれをやってくれると見込んで、任を託したのだからな」
「は、はい……」
「真田君、君はそれに専念するのだ。他のことは考えんでいい。アナライザー、分析を手伝ってやれ」
「あい・さー、艦長!」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之