敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
やった
「魚雷ミサイル、全基命中。〈目標2〉、完全に撃破を確認」
自分が向かうコンソールの画面が表す状況を読み上げながら森は半ば信じられぬ思いだった。次いでレーダーを天上に向け、捉えたものを望遠のカメラで撮って拡大させる。
「〈ラグランジュ・ポイント5〉及び〈ヤマト〉の直上にあった衛星ですが、これは……」
と言った。今までのように副砲で狙い撃つまでもない。どちらもそれぞれ四つのパネルを散らしてデブリと化しているのがわかる。
「もう壊れてしまっている……」と新見が言った。「さっきのビームはやはり手加減抜きだったと言うことでしょうか。敵がこれまで出力を弱めて〈ヤマト〉を撃っていたのは、本気で撃ったら衛星が耐えられない意味もあった……」
「たぶんそんなとこだろうな」と徳川が応えて、「しかし、わしだって、この歳でこんなことは耐えられんよ」
機関士席でヘタレ顔を見せている。無理もなかった。遊園地の絶叫マシンもここまで曲芸じみた動きで乗客を振り回しはしない。若い女にとってだって、こんなのは美容の敵だと森は思わずいられなかった。
しかし、若くないと言えば……。
「艦長?」
と真田の声がする。ハッとして森は後ろを振り向いた。艦長席で沖田が首をガクリとさせた感じでうなだれてしまっている。
「艦長!」とまた真田が言った。「おい、アナライザー――」
「ハイ!」
と言ってアナライザーが沖田の方へ向かおうとする。けれどもそこで、
「いや」
と沖田は、首を振って頭を起こした。
「大丈夫だ」
「艦長……」
と真田が心配げに言う。対して沖田はニヤリと笑い、
「なんだその顔は。『やった』と言ってくれんのか」
と言った。艦橋内の全員がアッケにとられてしまったが、
「そ、そうです。艦長。やりました……」真田は言った。「やりましたよ!」
そうなのだった。やったのだ。天空から〈ヤマト〉を狙う衛星と、待ち受けていた三隻の戦艦。そのすべてを瞬(またた)くうちに、こちらはなんの損傷も受けずに、一度に葬ってしまったのだ。
今の〈ヤマト〉は敵に殺られる心配なしに、敵地の空に浮かんでいた。
「やった……」
と森は言った。レーダーその他のあらゆる機器に、敵の脅威を示すものは表されない。
「やったぞ……」
と南部が言った。普通であれば〈ヤマト〉と言えども、大型艦が相手となればドカドカと互いに砲を撃ち合って、こちらも傷を受けながら敵を沈めることになる。そして砲身が過熱して、三隻を殺った頃にはもうロクに撃てなくなっているはずだと言われていた。
それがどうだ。ひとつの砲が一発ずつしかビームを撃っていないではないか。普通であれば戦艦三隻沈めるのに砲はそれぞれ百発も撃たねばならぬはずなのに。
今の〈ヤマト〉の砲はいずれもちょっと温まっただけ――そんなことは別に説明されなくても、今の南部の顔を見て森にもわかることだった。
「やった……」
と他の者らも言う。〈ヤマト〉がガミラス艦より強いもうひとつの理由は、小型ながらに高出力で敵より速く船を進ますことのできる補助エンジンの推力にあるが、これも今、少しばかり〈ヤマト〉を振り回しただけだ。過熱などまったくしていないのが、島や徳川の顔に表れていた。
「これなら……」と新見が言う。「これなら〈ヤマト〉は、まだまだ充分戦えますよ! たとえ敵が逃がしていた九十隻をここに戻してきたとしても、充分にやり合える! どうせ小船ばかりなんだし……」
そうなのだった。〈ヤマト〉は十のガミラスを相手にして戦える、などと言ってきたけれど、それは相手が大型の戦艦や重巡クラスの場合。相手が小物であるならば二十三十を沈めてやれるし、大体そもそも、本当に殺り合う必要なんてない。航空隊を回収してこの星から逃げるまでの間だけ、戦えればいいのだから。
たとえ今に九十隻で襲われても怖くない。〈魔女〉の命さえ頂戴したら、ザコはどうでも構わないのだ。
「やった……」「やったぞ……」
とまだ皆で、頷き合ってつぶやいた。この艦橋の中だけでない。森の部下の船務科員らが、艦内の至るところで『やった、やった』と言い合ってるのが、この席にまで伝わってくる。
船務科員だけではなかろう。重傷者以外のあらゆる者が、『やった、やったぞ、やったんだ』と口々に声を出してるに違いなかった。
重傷者に対しても、その手を握る者達が、『やったぞ、わかるか、もう大丈夫だ。だから頑張れ』と語りかけてるに違いない。
艦内カメラのモニター画面の中で佐渡先生が、酒を自分の頭にドバドバ振りかけている。歓声はやがて轟(とどろ)きに変わり、〈ヤマト〉艦内を震わせた。
これで〈ヤマト〉は敵に半ば勝ったと言えた。そしてこの勝利は誰より、艦長の沖田によってもたらされたものなのだ。あちらこちらでクルー達が、『艦長、やった、やりましたね』と叫ぶ声が艦橋にまで届いてきた。
そうだ。沖田は、たんに敵に勝ったと言うだけではなかった。今の〈ヤマト〉はこれ以上に死傷者を出せぬ状況にあったが、見事、敵の攻撃を喰らうことなく勝ったのだ。
これは奇跡の勝利と言えた。こんなことが可能とは誰も思っていなかった。クルー達が驚きとともに沖田を讃えるのも当然のこと。
沖田は顔に疲労の色を浮かべながらも笑っていたが、
「ありがとう。けれどもまだだ。相原よ。航空隊に『我レ健在』と伝えてやれ。古代はもうビーム砲台を見つけたはずだが……」
「はい」と相原。「ですが……」
「うん?」
「見てください」と相原は言って、メインスクリーンに何やら出した。「〈アルファー・ワン〉が送ってきた〈魔女〉――敵の砲台の画像ですが……」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之