敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
腕次第
「容易いことではありません」
と〈ヤマト〉の艦橋で、新見がコンピュータのキーをダダダダダッとピアニストがベートーベンの『熱情』とか『皇帝』とか『ワルトシュタイン』とでも言う曲を弾くかのように叩きながら言った。
「この砲台を殺るためには、戦闘機で急降下を掛けながら核ミサイルを射つしかないでしょう。〈ヤマト〉の主砲で撃とうとしてもその前に、衛星など使わず直接ドーンと撃たれるに決まってますし……」
「だろうな」と南部。
「主砲に実体弾を込め放物狙いをするのもまず無理でしょうね。命中は至難の業(わざ)でしょうし、当たってもやはり穴の縁で止まる。奥にミサイルをブチ込めるのは、戦闘機だけ……」
新見は口で説明しながら、メインスクリーンに図解を示す。南部がまた「うん」と頷き、他の者らは『ふうん』という顔で見た。
「しかしこれは容易いことではありません」と新見はまた言った。「真上から急降下を掛けるためには、まずいったん高く上昇しなければならない。けれどもそれをやったらレーダーにロックされて対空砲火の的になります。そのうえ上空には敵の戦闘機も待ち受けている……」
そこで新見は言葉を切った。それから続けて、
「〈タイガー〉ではこれを躱すのは無理でしょう。やれるとしたら〈ゼロ〉と言うことに……」
〈ゼロ〉は支援戦闘機だ。要撃機の〈タイガー〉よりも強力な加速性能とレーダーを持ち、その力で味方の戦闘を支援する。基本的には敵戦闘機と格闘戦を演じるよりも、対艦・対地攻撃能力に優れていて、対空砲火をスリ抜けながら敵に突っ込みミサイルを射って、そして素早く離脱する。それを得手(えて)とする戦闘攻撃機なのである。
一方、〈タイガー〉は船を護る戦闘機であり、格闘には強いけれども対空砲火の弾幕に突っ込んでいけるようには出来ていない。ましてや、そこにいる〈魔女〉は――。
「おそらく、〈魔女〉は強力な対空火器で護られているはず……」新見は言った。「これに突っ込みを掛けるのは、ほとんどカミカゼのようなものです。そして、敵もそれを知ってる。戦闘機で突っ込まれたらアウトなのを知っているから、そこに火線を集中して、向かってきたらバリバリと迎え討つ気でいるはずです。その弾幕に突っ込むのは、たとえ〈ゼロ〉でも……」
「無理なの?」
と森が言った。新見がいま言うようなことは、説明など聞かなくても古代や山本は当然知っているはずだ。作戦前からある程度予想されたことであり、ブリーフィングも受けていたのであろうから――そう考えてハッとしたような表情だった。ならばつまり――。
「いえ」と新見。「腕次第です。とにかく、できるのは〈ゼロ〉だけです。いったん高く上昇してから急降下、と言うのはつまり宙返りですね。強いGに耐えながらどれだけ速い宙返りを打ち、ひねりを入れて〈魔女〉に突っ込んでいけるかどうか。『古代一尉の腕ならば』、とは思いますけれど……」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之