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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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抹殺指令



「変電所を奪還して電力を回復させ、首相石崎を見つけて殺す。それ以外に人類が今日を生き延びる道はない」

強襲用タッドポールのキャビンで士官が話すのを、敷井はアッケにとられる思いで聞いた。機に乗り合わせる誰もが同じなようだった。士官は続けて、

「奪われた四つの変電所のうち、ひとつでも取り返せたら街への送電は復帰できる見込みと言う。設備は破壊されているかもしれんが、電源さえ確保できたら技術部隊がなんとかしてくれるのだそうだ。それで灯りも空気の循環も生き返る」

そこまではいい。しかし……。

「これで説明は充分なはずだな。どのみち、細かい状況は何もわかっていないのだ。何が待ち伏せていようとも、我々は飛び込んでいくしかない」

「ええ……」とひとりが言った。「それはわかるんですが、ひとつ……」

「なんだ」

「石崎のことです。あれがこの停電を起こしたとのだとしてもですよ。捕まえずに殺すんですか?」

「殺す方が捕まえるよりは楽なはずだぞ。我々が死ぬリスクも低くなる」

「もちろんそうですが」

「『殺してしまっていいのか』という話か。いいのだ。殺せ。仮に石崎が手を挙げて投降しようとしても生かすな」

「それはまた……」

「『軍規にもとる』と言うのか? だが軍規など今日は忘れろ。それは生きている者の規律だ。我々はもう昨日に死んでいる。あの独裁者に殺されたのだ」

「ああ……」

「我々は亡霊なのだから、化けて出るのは当然だろう。今の地球でまだ『生きている』と言える人間はやつだけだ。石崎を仮に捕まえたとしてどうする。裁判にかけるのか。法廷に立たせ、判決が出るまで何年かかる。人々がバタバタ死んでいくなかで、石崎だけが放射能が混じっていないきれいな水を飲み続けるのか。十年後にすべての人が死に絶えた後で、ロボット判事がやつに無罪を告げるのか」

「それは……」

「あれを殺さず捕まえたら必ずそうなってしまうのだ。今日に石崎を生かしたら、たとえ電力を回復させても人類はあとひと月で存続不能になるだろう。〈ヤマト〉がどんなに早く戻っても間に合わん。あの男が〈ヤマト〉が戻った暁に自分を崇(あが)める者以外すべて殺そうとしているのが明らかである以上、人は〈ヤマト〉を待てなくなってしまうからだ。ゆえに世界で日系人がリンチを受けて殺されてきた」

もう誰も口を挟まなかった。〈ヤマト計画〉は日本人だけが生き延びようとする計画だと、日本国外では思われている。だから『〈ヤマト〉が戻る前に日本人を皆殺しにしてやる』と叫ぶ〈ガイジン〉が千万もいる。この内戦が起きてしまった最大の原因がそれであること――〈ヤマト〉の帰還を恐れる者らが、『ならその前に石崎和昭を殺さなければ』と考えた末に起きた内戦であることを理解していない者はいない。

この地下日本でわずかでも正気を残している者の耳には、ごく簡単な理屈だった。敷井は士官の言葉に銃を握ってただ頷いた。

士官は続ける。「昨日から世界中の人間が、日本人を殺すために何万人もこの街に押し寄せようとしていたと言う。〈ヤマト〉が冥王星を撃ち太陽系を出ていく前に、日本の市民を虐殺するとともに石崎を見つけて殺して宇宙に叫ぶ気だったのだ。『〈ヤマト〉よ、貴様らの企みはもう無駄に終わったぞ』とな。『これで日本という国は消えた。石崎のいない地球は貴様らになんの意味もないはずだ。わかったらもう帰ってくるな』とか――」

ひとりの兵が、「反日カルトの考えでは、それで地球は救われることになると言うことですか」

「そうだ」

と士官。ヤレヤレと何人かが首を振った。

だが納得するしかない。短絡思考の人間は、そういうふうにものを考えるものなのだから――日本人に偏見を持つ外国人は、そのようにしかものを考えることをしない。社会がこのようになったからには、今日という日に気の狂った外国人が日本人の女子供を皆殺しにやって来ることになるのは避けようがない。今日まで、社会の中心に、〈愛〉を叫ぶ石崎という怪物がいた。あれが首相じゃ日本が世界に誤解されても仕方がない。

この内戦が昨日に勃発するや否や、日本を目指して世界中から武器を持った人間が地下のトンネルを進みだしたらしいという噂は敷井も聞いていた。その目的は〈ヤマト〉が太陽系を出る前に、石崎を見つけて殺すことであるとも――その流れはとても止められるものではない。

そうなのだった。当然、そうなるはずなのだ。たとえ電気を戻しても日本人は今日を生き延びることはできない。ひとり残らず雪崩れ込む虐殺者に殺されるだろう。

「それと言うのも石崎のせいだ」士官は言う。「あれが〈コスモクリーナー〉とやらを、自分に従う者以外すべてを〈浄化〉するための装置として使う気なのは誰が見てもわかるのだからな。日本人なら石崎にひれ伏すことで生かしてもらえる。だがそうでない人種の者が生きる望みは完全にゼロだ。石崎が首相としてある限り、外国人が〈ヤマト〉をあの男の野望の船と考えるのは避けられん。ゆえに世界で人々が、〈ヤマト〉に向かって貴様達が戻る前に日本人を皆殺しにしてやるぞと叫んできた」

「今日がその最後のチャンス……」

「そうだ。〈ヤマト〉が出ていけば、脅す相手がいなくなってしまう。しかし元々〈脅し〉でなく、彼らは本気で日本人を殺すつもりだったのだから、もはや実行あるのみなのだ。日本人はひとり残らず狩られて殺されることになろう。止める方法はただひとつだ」

「我々で石崎を殺す……」

「そう」と言った。「わかるだろう。捕まえるのではダメなことが。石崎を生かしておくことは、世界の眼には『日本人が石崎を匿(かくま)っている』と映ってしまう。ゆえに我々は選ばねばならん。虐殺者がこの街にたどり着く前に、彼らに差し出す首を選ばねばならんのだ。石崎和昭ひとりの首か、日本国民全員の首か」

また皆が黙りこくった。士官は全員が状況を咀嚼(そしゃく)し呑み込むのを待つようすでしばらく口をつぐんでいた。それから言った。

「繰り返すが、我々は誰もが昨日に死んでいる。世界からここに押し寄せる者達も、石崎に取られてしまった自分の命を取り戻すため必死というだけなのだ。当然だろう。おれも君らも、日本人でないのなら、同じことをするに決まっている。だから、やらねばならんのだ。彼らがここに来る前に、我々日本人の手で、日本国内の癌である独裁者を取り除く。それ以外に失くした命を取り返し、再び生きる道はない」

敷井は酸素補給器を口に当てて吸い込んだ。そうだ、と思う。やるしかない。明日に目覚めてまた自由に酸素を吸おうと思うのならば。

ベンチシートの向かいに座る足立と眼が合った。足立も補給器を口に当て、こちらに対して頷いてくる。敷井は頷きを返した。

「この地球にまだ生きる者すべてがだ」士官は言った。「石崎は、だからこの街を停電させた。間違いなくこの二十四時間に自分と側近だけが吸う酸素を確保してるのだろう。全人類を窒息死させ己だけが生き延びる。それが石崎の目的だ。癌細胞には、主(あるじ)が死ねば自分もまた生きられなくなるのはわからん」