敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
間一髪
それはシートの背もたれを、熊かゴリラに後ろからいきなり突かれでもしたかのような衝撃だった。あるいは、クルマに乗っていて、猛スピードで突っ込んでくる何かと衝突したかのような――その瞬間、〈ヤマト〉第一艦橋のクルー達は身を激しく揺すぶられ、シートの上で体が捻(ねじ)れたようになった。アナライザーが三つに分かれて転がって、頭部がクルクルと宙を舞う。
壁や窓枠が軋んで歪み、厚さ1メートルを越す防弾窓さえ一瞬たわんだように見えた。その窓に、後ろから横をかすめて抜けたビームが船の前方へ過ぎ去っていくのが映った。
「な、なんだ?」
島が言った。分厚い装甲で鎧われた艦橋は寺の鐘のようなものだ。そこにビームが当たったら、かすっただけでもそれは撞木(しゅもく)で鐘をガーンと撞くようなものだ。中にいる人間がたまったものであるわけがない。
壁も天井もビリビリと震え、電子機器も乱れて計器が異常をきたす。島の眼は計器盤の中にある姿勢支持器を見ていたが、その画面もノイズだらけとなっていた。バンク角度を示すゲージはグニャグニャになって読み取り不能。
「ビームです、五時の方向!」
森が言った。〈五時〉――つまり、右斜め後方。カメラを向けて望遠でビームの来た空間を切り取る。乱れた画面に、これまでと同じ花びら衛星が映った。
「またこいつです!」
「後部副砲!」
南部が叫んだ。機器を操作し、砲撃の指示を出す。すぐさま〈ヤマト〉の第二副砲が動いて衛星に狙いを定めて、撃った。目標を撃破する。
電子機器が回復していく。ノイズの消えた画面に、〈ヤマト〉後方に向けたカメラが写す映像が映し出された。四枚の奇妙な板を四散させる衛星の背景で、星空がゆっくり回り動いている。
まるで地球で、北極星の方角にでもカメラを向けて撮った動画を早送りで見るようにだ。〈ヤマト〉が自転するように船を揺らして進んでいるため、そのように画(え)に映って見えるのだった。
「当方の損害軽微……」新見が言う。「ビームは横をかすめただけです。ただし、右のアンテナを失いましたが……」
彼女の席の電子機器も回復し、データをパネルに表示する。斜め後方から撃たれたビームが〈ヤマト〉艦橋の側面をかすめ、その横に張り出していたレーダーアンテナを破壊……。
「フン、やはりな」沖田が言った。「そろそろ〈ここ〉を狙ってくると思ったよ」
「じゃあ、今のは……」
真田が言うと、
「ああ。やつら、この艦橋を狙ったんだ。当然だろう。どこからでも自在に狙撃できるのなら敵のド頭を狙い撃つに決まっている」
「艦長はそれを……」
「わしが敵ならこうすると考えただけだ」
と沖田が言う。その上体が少し横に傾(かし)いでいる。また、白髭も口のまわりでフワフワと風に吹かれたように動いていた。
〈ヤマト〉が横転していることによる横Gと、遠心力の影響だ。水の入ったバケツを振り回したように、この艦橋にはいま斜め上向きの力が働いているのだった。
島の手元の回復した姿勢指示器のパネルでは、バンク角度を示すゲージが横に傾いて、さらに刻々とその角度を増しているのが表されている。対艦ビームが後ろから〈ヤマト〉を狙い撃ったとき、沖田の指示で船は左右に首を振りながら進んでいた。それがゆえにビームは横をかすめ抜け、すんでのところで艦橋への命中だけは免れたのだ。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之