敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
痛恨
「く、首振り運動だと……」
シュルツは言った。分析データを目玉を丸くして左右に繋げ、何かのマンガのおまわりさんみたいな顔になって見て、言ったセリフがそれだった。もし拳銃でも持っていたら、怒りのあまり天に向かってバンバンぶっぱなしたかもしれない。
最初はてっきり『やった』と思ったのだった。狙いなど外すはずがない。ビームは確かに〈ヤマト〉の艦橋を貫いて、やつらが〈第一艦橋〉とでも呼んでるだろう辺りを大穴に変えたように見えた。
戦場でカメラが捉えて送ってくる画像などさして鮮明なものではない。何もかもブレとピンボケでボヤボヤのうえにノイズだらけ――それが普通だ。敵の船が少しばかり変わった動きをしたとしても気づかなくて当たり前なものでさえある。
だから初めは、ビームは当たったように見えた。〈ヤマト〉がネジを切るように回り動いて見えるのも、艦橋を失くしたからそうなったのだとばかり思った。だが後部の〈副砲〉とでも呼ぶようなものが動いてこちらの衛星を砕き、その搭載カメラが死んで自分が見ていた映像が消え、そこで急に『え?』と思わされたのだった。
一体何がどうなったのだ。急ぎデータを分析させて、ようやく〈ヤマト〉はしばらく前から首振り運動――右に左にユラリユラリと艦橋を振り動かすようにしながら進んでいたものとわかった。つまり、
「あの船を指揮している者は、こちらが艦橋を狙うことを察していたに違いありません」
「くっ」と言った。「こしゃくな……」
あらためてまた撃とうにも、〈ヤマト〉の後ろに着けていた〈カガミ〉は破壊されてしまった。それに、
「同じ手は食いますまい。背後から艦橋を狙うのは無理かと……」
ガンツが言う。シュルツは応えて、
「わかっとる!」
映像を睨んだ。〈ヤマト〉はこちらに見せつけでもするようにグルリときりもみ一回転してまた艦橋を冥王星の地平に対して〈正立〉させる。
最初からあのようにわかりやすくグルグルとロールしていればいくらなんでも気づいただろう。だが左右へのユラユラだった。そんな単純きわまりない人をバカにした手口で必殺の一撃を躱されてしまったのだ。
「おのれ……」
と言ったところにガンツが、
「やつら、もしかして、〈反射衛星砲〉の秘密に気づいて……」
「なんだと。いや、そんなバカな」
シュルツは言った。いくらなんでも、それはない。こちらの罠が〈カガミ〉でビームを反射させて獲物を仕留めるものであるなど、そう易々と見破れるはずが……それに、仮に気づいたとして――。
「だとしても、やつらに何ができると言うのだ」
「いえ、決して、気づかれたらどうだと言うのではありませんが」
「そうだろう。敵は罠の中に入った。もうここから逃げられると言うものではない」
と言ったときだった。オペレーターが、
「お待ちください。〈ヤマト〉が注意エリアに入ろうとしています。ここで〈反射衛星砲〉を撃つと……」
「うっ」とガンツ。「そうだ、司令。それがあります。〈反射衛星砲〉にはひとつ弱点が。〈ヤマト〉がもしそれに気づけば……」
「ちっ」と言った。「〈死角でないところが死角〉か。やつらの秘密を盗らなくていいなら、そんなもの構わず直(じか)に狙い撃ってやるところだが……」
「いかが致しましょう」
「注意エリアに入られる前に〈ヤマト〉を撃つのは可能なのか」
「今からではどの〈カガミ〉も間に合いません」
「では待つしかあるまいな。やつらに時間をくれてやるのは痛いが……」
「別の手段で攻撃を掛けると言うのもできなくはありませんが」
「それはこのエリアでは砲台が使えんことを教えてやるようなものではないか」
「はい。確かに……」
「どうせ〈ヤマト〉はすぐまた死角に入るだろう。そのときを狙って撃つよう準備をしておけ。やつらはもうこちらの獲物だ。この罠から出られはせん。後はせいぜい嬲り殺しにしてやるまで……」
シュルツは言った。だがその顔に、もうゆとりは消えていた。シュルツの眼は忌々しげに、〈ヤマト〉が狙撃可能だが狙撃不能なエリアに入っていくのを見つめていた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之