敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
〈沈没〉でなく〈坐礁〉
「全乗組員に告げる。こちら艦長の沖田である」
沖田はマイクを手にして言った。その声はスピーカーで全艦内に響いているはずだった。マルチスクリーンのいくつかの画(え)には、声を聞いて頭を上げるクルーのようすが映し出されている。
「この船は今、敵のビームに撃たれるままになっている。すでにかなりの犠牲を出した。すべてわしの責任だ」
沖田は言いながら、窓に覗く艦首の〈ひ〉の字孔を見た。それは処刑台であり、自分に逆らう乗組員を殺してその血を前に垂らすものとの意味を持っている。〈ヤマト〉という船にはこれも必要な装飾として付けられたと聞いている。
だが、違うのだ。艦長である自分にとってその意味は――沖田は思った。その眼に見えぬ十字架に磔(はりつけ)にされているのは他の誰でもないわしだ。クルーがひとり倒れるたびにそこで体に釘を打たれ、肉をえぐり取られるのだ。艦長であり続ける限り、わしはそこに縛り付けられ責め苦を受け続けねばならない。
いつまで耐えられるだろうか? こうしていても、灼(や)いたコテを押し当てられて身にねじり込まれるような痛みを沖田は感じていた。それは想像のものではない。長い宇宙での戦いで受けた古傷が根を広げ、癌となっていま体を蝕んでいる。
その痛みだ。マイクを手に声を絞り出すのさえ、気絶しそうな苦しみを覚える。艦首の向こうの冥王星の地表に〈魔女〉が笑う顔が見える。この戦いは、すでに最初に予期していた以上に、このわしから残りの命を削り取るものになっているのかもしれないと沖田は思った。
「しかしだ、諸君。すまん。すまんが、今しばらく耐えてくれ。これまでに受けた打撃は、わしがわざと撃たせたものだ。そのために死んだ者にはすまんとしか言うことができん。だが、それでも確かめねばならなかったのだ。敵が〈ヤマト〉の秘密を欲しがっていることを――」
沖田は言った。〈話す〉と言うより、マイクに向かって血を吐きかけるように感じた。しかし言葉をかけねばならない。〈ヤマト〉のクルーだけではない。自分が今まで死なせてきたすべての犠牲者達に向かって、ただ『すまん』としか言えないのだと。それでも――。
「わかるだろう。ガミラスが求めているのは波動砲だ」
窓に〈魔女〉の顔が見える。沖田の声にもまるで動じたようすはなく、冷ややかに嘲笑っているばかりだ。愚かな人が何を言うのか。私を撃てもしないくせに――嘲り顔で見下ろしてくる。お前達に私の上を飛び越させなどさせるものか。
冥王星。これはまさしく壁だった。赤道で人を見下ろす〈スタンレーの魔女〉だった。このたかが準惑星に波動砲は使えない。撃つに撃てない無用の長物でしかなかった。
だが、それは必ずしも欠陥兵器の意味にはならない。〈ヤマト〉が護衛の船団を持てないことに撃てぬ理由があったのだ。ワープ船を二隻三隻造って〈ヤマト〉を護れるか、〈ムサシ〉とでもいう名の同型艦と二隻でやって来れるのなら、たとえ千の敵がいようとこんな小星は吹き飛ばしてサッサとマゼランへ向かえたのである。
「ガミラスは波動技術を持っているのに波動砲が造れない。だから地球を恐れている。つまりやつらが本当に恐れているのは波動砲だと言う話は、諸君もたびたび聞いてきたろう」
沖田は言った。どういうわけかガミラスには波動砲が造れない。造れるのなら一発で地球を丸ごと焼けるはずだし、あるいは火星に大穴開けて剣玉の玉みたいにしてしまうか、木星の四大衛星を吹き飛ばして土星の輪みたいなものにしてしまうこともできるはずだ。
それをやらぬ理由はひとつ。できないから。波動砲を造る技術を持たないから――そう考える以外ない。
そんな話は前から言われてきたことだ。どうもやつらは波動技術を持っているのに波動砲が造れぬらしい。そして地球にもう一歩で波動砲が造れることを知ってたらしい。自分達に造れぬものを造れてしまう地球人。やつらは地球がワープ船を造り上げ、波動砲を舳先に積んで宇宙に出るのを恐れて阻止するために来た。そのように考えたならこの侵略に一応の説明がつくことになる、と。
「地球を出てすぐわしが試射をやったのは、この〈ヤマト〉が波動砲を積んでいるのを敵に教えるためだった」沖田は言った。「なぜかはもう言っただろう。この星の敵を遠ざけ、限られた戦力だけで〈ヤマト〉を迎え撃つしかないように仕向けるためだ。だがしかし、それだけではない。理由はもうひとつあったのだ」
それがこれだ。空母一隻沈めるだけなら、あのとき最大出力で撃つ必要などまったくなかった。あの半分の出力でも、〈ヤマト〉に波動砲在りと敵に知らすには充分だったろう。
だが、違う。それでは足りない。充填120パーセントの最大出力で撃たねばならぬ本当の理由は別だったのだ。今ようやくそれを明かすときが来た。沖田はマイクを掴んで言った。
「わしはやつらに波動砲を欲しがらせようと考えたのだ。威力を見せれば、敵は必ず砲の秘密を探ろうとする。やつらに造れぬ波動砲をどうして地球が造れるか知り、技術をなんとか奪おうとする。やつらの船にも波動砲が積めるなら、地球を恐れる理由もなくなるわけだからな。それには手はひとつしかない。この〈ヤマト〉を捕まえることだ」
そうだ。ガミラス。やつらは地球が波動砲を造れるがゆえに恐れていたのは疑いがない。しかし同時に疑ってもいただろうと沖田は考えていた。たとえ地球がワープ船を持ったとしても、いきなり最初の一隻目に波動砲が積めるのか。積めたとしても星ひとつ壊せるほどの威力があるのか。
〈ヤマト〉が発進する前に巡航ミサイルで狙ってきたのは、『それはない』と踏んでのことに違いない――そう沖田は考えていた。波動砲を持たない船なら、ワープテストに成功したらすぐにどこかにいなくなってしまうだろう。それをさせてなるかと考えああして空母を送ってきたのだ。
だからこそ、あのヒトデを撃ってやらねばならなかった。この〈ヤマト〉には星をも壊せる砲があるとはっきり教えてやるためだ。このような兵器はむしろ、秘匿しては意味がない。威力を敵に見せつけて初めて役に立つものなのだ。
それで必ず、敵は決して一撃で〈ヤマト〉を沈められなくなる――いや、そうもいかなかったが。タイタンでは〈ゆきかぜ〉に罠を仕込んでいた連中が核ミサイルを撃ってきたが、しかしあれはイレギュラーだろう。命令が徹底されることなどまずない末端の部隊だ。あのとき後から現れて〈ヤマト〉を囲もうとした艦隊は、〈ヤマト〉を〈沈没〉させるのでなく、タイタンに〈坐礁〉させよとの指令を受けていたに違いない。
波動砲の秘密を探り、同じものを造るために――それには手はひとつしかない。〈ヤマト〉をなるべく損傷させず、ジワジワと痛めつけて嬲るのだ。そうして弱らせ、動けなくして捕まえる。
「わかるだろう。やつらは決してこの船を一撃で真っ二つにすることはせん。波動砲を欲しがる限りそんなことはできんのだ。この星に我々を誘い込んだのもそのためだ。ここでなら、やつらの秘密兵器でもってじっくり〈ヤマト〉を責め殺しにしてやれる――敵はそう考えているのだ」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之