敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
苦慮
古代の〈ゼロ〉は冥王星の南極の空を飛び続けていた。ビーム砲台があるのはおそらく星の赤道付近と山本は言う。だがそれだけの推測では、とても今の任務を置いて探しになど行けはしない。
今、自分と山本が巡る索敵領域〈ココダ1〉。これがたったの直径三百キロなのに、基地を探して飛ぶためにグルグルグルグル渦を巻いてやっと半分消化したところなのだ。冥王星の赤道は、一周七千キロもある。捜索すべき範囲は今の何倍にもなるだろう。なのに手分けは許されず、行くなら全機が固まって、と言うことになると……。
これは論外と言うしかない。藁の道に針を探しに行くようなものだ。いや、でなくて、針の道に藁を探しに――行けば必ず、敵はこちらを迎え撃ってくるに違いないのだから――。
相変わらず敵はこれという攻撃を自分達には仕掛けてこない。加藤以下のタイガー隊も、何も言ってくることはない。基地を見つけるか、迎撃機に出くわしたらすぐ〈アルファー〉を呼べということになっているのだが。
古代は燃料計を見た。極めて薄い大気の中を戦闘機としては遅い速度で飛んでいるためさして燃料は遣っていない。このまま〈ココダ〉を周り切ってもいくらも減りはしないだろう。
だがどうする。もし敵基地を見つけることができなかったら。いや、見つけて核攻撃にたとえ成功したとしても。
ビーム砲台が健在ならば、〈ヤマト〉はこの星を出られない――いずれ〈ヤマト〉は直撃を急所に受けて真っ二つになるだろう。それだけじゃない。おれも、おれの部下達も、誰も〈ヤマト〉に帰れないのだと古代は思った。〈ゼロ〉と〈タイガー〉を迎えるために〈ヤマト〉が姿勢を整えなどしたならば、そこを狙って敵はビームを撃つに決まっているのだから……。
そうだ。やはり、砲をなんとかしなければ――基地よりもまず、砲を叩くのが先決なのだ。古代は思った。だがどうする。どうすればいい?
「山本」と、古代は〈糸電話〉で言った。「〈ヤマト〉は気づいているのか。敵が鏡で〈ヤマト〉を狙い撃ってること」
『どうでしょう。いずれ気づくとは思いますが……』
「その前に殺られちゃったらしょうがないだろ」
と言った。古代は考えてみた。さっきはおれのいた場所から、ビームがカクッと折れ曲がるのが眼ではっきりと見て取れた。だがそれは光線が視界を横切ってくれたからだ。ビームをまっすぐ喰らう立場ではそうはいかない――。
のじゃないだろうか。だったら、〈ヤマト〉はまだ衛星の正体に気がついてない。
気づいたときには手遅れなのだ。そういう話になるのじゃないか?
ならば、と思った。古代は言った。「せめて〈ヤマト〉に伝えるべきじゃないのか。『あの衛星は〈鏡〉だ』って」
『今はこちらから〈ヤマト〉に通信を送るのは禁じられていますが』
「ああ」
と言った。基地を潰すか、作戦失敗とならない限り〈ヤマト〉に呼びかけてはならない――そういうことになってはいるが、
「けど、そんなこと言ってる場合か?」
今にも〈ヤマト〉は沈められようとしている。たとえなんとかもっていたとしても、次の一撃でどうなるか――そんな状況なのではないのか? ならば――しかしどうすると思った。
山本が言う。『今ここから通信を送れば、内容を敵に傍受されるのも避けられません』
「それもそうなのかもしれんが……」
そうだ、と思う。山本となら〈糸電話〉でこっそり通話もできるけれど、今この星の上のどこにいるかも知れない〈ヤマト〉とは無理。バカ正直に『あれは〈鏡〉だ』などと言ったら、かえって敵に利することになるかもしれない。しかし、だからと言って……。
どうする。こうしている間にも、〈ヤマト〉は殺られてしまうかもしれない。広がる白い雪原に基地を探して飛びながら、古代の心は乱れていた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之