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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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タイトロープ



敷井は宙をロープを伝って進んでいた。熊田が先ほど見せたように、カラビナを付けたベルトで上体を吊るし、手足でロープを手繰っていく。他の者らはすでに全員が渡り終え、敷井が最後のひとりだった。

ベルトは先に渡らせた者がロープにカラビナを掛けてくれていたから、後はその輪に体をくぐらせタスキ掛けのような形にするだけでよかった。自分自身の体重と背負った荷物の合計は百キロ近いのではないか。その重みでロープをくくりつけたパイプがギシギシ軋んでいるのが身に伝わってくる。

床まで2メートルばかり。だがこんなのは、普通なら、公園のアスレチック遊具みたいなものだ。運動としては軽いもの――。

そのはずだった。敷井は軍で、はるかにキツい訓練をこれまでさんざんやらされてきた。その身にとってこんなのはまったくなんでもないことではある。なんでもないことではあるが――。

しかし、これは訓練ではない。今、自分の身を預けているベルトはおよそ危なっかしいシロモノで、自分の重さに耐えられるものには決して見えなかった。それに何より、ロープを繋ぎ止めている広間の端の天井のパイプ。

他の者達が渡る間、敷井はずっとヒヤヒヤしながらそのパイプを見上げていた。それはまったく、人の体重を吊るすのに耐える強度がありそうに見えない。無論これをやる前にふたりでブラ下がってみて、まあ大丈夫だろうという考えのもとにロープをひっかけはしたが、しかし本当に大丈夫なのか――ひとりが通るたびに留め具がグラついて、ネジがゆるんでパイプがたわんでいくように見えた。

そして敷井は、宇都宮を除く六人の中で最も体重がある。太っているわけではなく、軍で鍛えた筋肉を身にまとっている結果だが、今はそれが恨めしい。もしもパイプが重みに耐えられなければ――。

それでおしまい。床に落ちるだけならいいが、だがその後にビームガンでハチの巣なのだ。それで死ぬのはおれだけとしても、変電所にいる敵に侵入を感づかれてしまう。

どうか神様と祈りたい気分だった。とにかく早く渡ってしまおう――そうは思うが、進まない。どうもロープに絡ませた脚が引っかかってるようだ。服の布地に引っ張られ先へ行かせてくれぬのを感じる。

エイヤとばかりにロープを手繰った。途端に、ガクンと、自分の体が落ち込むのを敷井は感じた。

ほんの数センチのことだ。だがすぐにまた数センチ。さらにまた数センチ。

渡し綱の張られた高さが失われていきつつあるのだ。

理由は考えるまでもなかった。パイプだ。とうとう限界が来たのだ。敷井の体はガクガクと下がり、宙を大きく揺すぶられる。

アッと思うヒマもなかった。絡ませていた脚がロープから離れてしまった。

両脚ともだ。身を吊るしていたベルトもズルリと抜け外れた。細いロープに敷井は手だけでブラ下がった。

仲間達がアッと叫ぶ。

敷井の足は床に触れる寸前だった。いや、ほんのわずかだが、爪先が下に着いてしまった。慌てて上げる。何事もない。どうやら、ちょっと触れた程度では、警備装置は働かぬらしい。

と思ったら、またロープの張り渡された高度が落ちた。敷井の体もガクンと下がる。

細いロープが手に食い込む。指がちぎれそうに痛んだ。だが構ってはいられない。

こうなったら猿渡りにいくしかないのだ。仲間達が「早く!」「急げ!」と呼んでいる。片手を離し、体を振って、敷井はその手を先に送った。仲間達の呼ぶ声の方へ。

またロープがガクッと下がる。膝を曲げた脚が宙を泳ぐ。渡り切るまでもう少しだ。ほんの数回、互い違いに手を振り動かせばそれでいいのだ。

そう思った。だがしかし、ダメだ。とても手がもたない。それに脚を上げていられない。

身を振るたびに背負っている荷物の重さが肩にかかった。また爪先が床をこすった。今度は警報が鳴り響いた。

『警告シマス!』先ほどと同じ機械の音声。『タダチニコノ場カラ立チ去リナサイ! コレヨリ先ハ許可ナキ者ガ入ルコトハデキマセン!』

広間の先で天井の一部が開くのが見える。ビームガンが降りてきた。

『従ワヌ場合ハ射殺シマス』

仲間が手を伸ばしている。最後の力を振り絞り、そちらめがけて敷井は跳んだ。広間の出口――まさに〈敷居〉を越えたところに着地する。

かろうじて届いた。だが上体がついていかない。背中に担いだ荷物が重く、後ろに倒れそうになる。

天井ではビームガンの銃口が動き、こちらに狙いをつけようとしていた。

「わっ、わっ」

と言って、敷井は腕を振り回した。その手を仲間が掴んで引っ張ってくれた。ビームガンはまだこちらにピタリと狙いを定めていたが、やがて銃口をそらして天井に引っ込んでいった。

全員でフウヤレヤレと息をつく。

「大丈夫か」足立が言った。

敷井は「ああ」と応えて両の手のひらを見た。ズキズキと痛んでいるが、指は動く。

「大丈夫だよ」

振り返ると、ついに向こうでパイプがガチャリと下に落ち、ロープもまた床にパラリと着いたのが見えた。ちょっとギクリとしたけれど、無論、細紐が落ちた程度で警備装置が働くはずもなく、警報が鳴ることもなかった。