敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
耐えた者達
「なんだか急に静かになったな」
〈ヤマト〉第一艦橋の中で、島が自分の席正面の窓を見ながら言った。どうせ今は張り付いた霜で曇って外は見ようにも見えないのだが、さっきまでは〈ドリルミサイル〉が弾けるたびに見えた爆発の閃光が不意にピタリと止んだのだ。ドカドカと来る振動も同時に止まり、海中は静かになっていた。
アナライザーが言う。「航空隊ガ黙ラセテクレタヨウデスネ。直前ニ星ノドコカデ大キナ揺レガアッタラシイノヲせんさーガ感知シテイマス。どりるみさいるノ爆発ノタメニ乱レテヨクワカリマセンガ、規模カラスルト……」
「核」と相原。「基地を殺ったってことか?」
新見が言う。「どうでしょう。予定では、〈ココダ〉をそろそろまわり終える頃ですが」
「見つけたなら、射つミサイルは一発だけじゃないはずだよね」
「はい。〈ゼロ〉と〈タイガー〉の全機でありったけの核をブチ込む。それでも地下深くまで殲滅できるかどうか不明、という考えでしたから……」
「たくさん射ったのか?」
と、今度はアナライザーに向かって言った。アナライザーはくるりんと頭を360度まわし、
「サア。デスカラ、どりるみさいるノ爆発ニカキ乱サレテヨクワカラナイノデス。タダ、基地ヲ潰シタノナラ、通信制限ヲ解除シテ、任務達成ノ報告ヲシテクルハズナノデスガ……」
「そうだ」と言った。そんなことは相原がいちばん知っていることだった。「なら、作戦は失敗ってことか」
南部が言う。「え? じゃあどうするんだ」
「ええと……」と新見。「どうすればいいんでしょう」
「戦術長!」
「そんな。あたしにもわかりません! だって、事がこうなるなんて……」
「なったものはしょうがないだろ!」
「別にあたしが『海に潜ろう』と言ったわけでは……」
と言って、〈言った張本人〉の太田を見る。太田はチューブ入りの飲み物を吸ってるところだったのが、咽喉に詰まらせてゲホゲホとむせた。
それから言う。「ちょっと待てよ。あんとき他にどうしろって……」
「落ち着け!」
と沖田が怒鳴った。艦橋内がシンと静まる。
島も後ろを振り向いて、艦長席に眼を向けた。そのときその正面の霜で曇った窓に外からペタリと張り付いたものがあったが、島は何も気づかなかった。丸く透明なゼリー状の、地球のクラゲみたいなものだ。黄色く光る丸いものがふたつ見える。
もちろん、さっき南部が見たあの〈金魚鉢〉である。猫のような眼をキラキラと光らせて曇った窓の先をなんとか覗こうとしているようだった。ドリルミサイルが近くで百も爆発した後だというのにまるでケロリとしたものらしい。さすが極限環境に棲む生物なだけはある。しかし艦橋内の誰も、これに気づいた者はなかった。
沖田が言う。「作戦はまだ失敗したわけではない」
「ええと」と新見。「ですが……」
「うむ。基地を叩けずに、上に出れば殺られるだけ。しかしそういつまでも潜っていることはできん――これは失敗したも同然の状況だ。だが絶望するのは早い」
誰も何も言わなかった。ただ全員が沖田を見ている。変な生物も窓外からなんとか中を見ようとしている。沖田は続けて、
「まだしばらくの時間がある。その間にこれを切り抜ける道を見つければいいのだろう。我々がここを出るに出られぬ最大の原因はなんだね、新見?」
「ええと」と言った。「それは、ビーム砲台……」
「そうだ。反射衛星ビームだ。なるほど、敵も考えたものだ。砲台がどこにあるか位置がわからず、反撃のしようがない――それでも、その正体だけはわかったのだ。ならば位置さえ特定できれば、この窮地を抜け出せる。そういうことにならないか?」
「ええと……」
とまた新見が言った。しかし沖田は続けて、
「上にいる戦艦だけなら、〈ヤマト〉が力を取り戻せば戦いようもあるだろう。だからビームだ。航空隊がまだ健在なのならば、砲台の位置を突き止めて教えてやれれば、核ミサイルで叩き潰せる。それができれば後はこっちのものだと言える」
「ええ、確かに……」
「だろう。実に簡単な話だ」言って沖田は真田を向いた。「つまり真田君。君が〈魔女〉の位置を突き止め、古代に教えてやればよいのだ」
「は?」
と真田。矛先(ほこさき)が突然自分に向いたのに驚いた顔をして言った。
「『は?』じゃないだろう。最初からそういう話だったはずだぞ。この戦いは〈魔女〉を倒せさえすれば勝てる。ビーム砲台こそが〈魔女〉だ。〈魔女〉が星のどこに居るか見つけ出せる者がいるとすれば君だろう、と昨日からずっとそう言ってるじゃないか」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之