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Green Hills 第2幕 「雨」

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「ふふ、なんか、兄弟みたい」
「「えー? そうかなぁ?」」
 二人がハモって首を傾げるので、さらに凛は吹き出した。
 
 あちこちうろつき、散々遊んで、遅い昼ご飯を食べた店で、シロウはテーブルに突っ伏す。疲れて動けない、と慌てる二人に呻いた。
「ごめーん、魔力少なくなってきたー。休憩ー」
 凛が診たところ、確かに魔力が少なくなっているとわかる。
「セイバー、すぐ帰ろう」
 士郎が席を立ったが、シロウは首を振った。
「少し休んだら大丈夫だって。もう映画の時間」
 シロウが店内の時計を指さすと、二人は、あ、と顔を見合わせる。
「子供じゃないんだから、帰れるよ。楽しんでくるといいよ」
 手を払うようにして言うシロウに、士郎は心配顔で首を振る。
 士郎は映画など、どうでもよくなっている。昼食後に映画を見る予定にして、上映時間をチェックし、空いた時間に腹ごしらえをしていたのだが、シロウが動けなくなったのなら、士郎はもう帰るべきだと、もう十分遊んだのだから家に帰ろうと言う。
「大丈夫だよ、士郎。ほら、遠坂とデート、行ってらっしゃい」
 イタズラ小僧のような目をして笑うシロウに、顔を赤くして、デートじゃない、とまだ否定する。なんだかんだとシロウに言いくるめられ、士郎は凛とともに店を出た。
 窓の外から心配そうに振り返る二人に、シロウは笑顔で手を振る。二人の姿が見えなくなって、
「は……」
 再びテーブルに突っ伏し、シロウは目を閉じる。
「あー……、疲れたぁ……」
 二人に気を利かせたのもあったが、正直なところ、今は立つのも億劫だった。
「あの二人、気を遣ってくれたのかな……」
 このところ、よく士郎に、大丈夫か、と訊かれている。魔力が少ないので、家事をフル稼働ですれば動けなくなることを士郎はよく知っている。
 そのことについてはやれる範囲でやる、ということで話はついているし、魔力温存のために昼寝も欠かさずやるということでお互いに納得している事案だ。
 それでも大丈夫か、などと訊いてくるということは、他に心配をかけるような言動を自分がしているからだろうとわかる。
「心配なんて、しなくていいのに……」
 心配させずに、士郎に契約を解除してもらうにはどう言えばいいだろうか、とシロウは考えている。
 アーチャーに伝えたいことを話したのだ。もう自分は存在していなくてもいいのだから、士郎に契約解除を申し出ようと思っている。
 だが、アーチャーには理解してもらえたのか、と訊かれればどう答えればいいのか。くだらないと言われたと、愚か者だと言われたと、そんなことを言って、士郎がすんなり解除してくれるだろうか、とシロウは思い悩んでしまう。
「どう……しようか……」
 そういうわけで、いまだ士郎には契約解除について言えないままでいる。
「どう……」
 このまま眠ってはダメだ、と思いながらも瞼が重くなるのを止められない。
 まったく、と聞き覚えのある呆れ声がした気がして、シロウはあり得ない、と小さく嗤った。
 アーチャーがこんなところにいるはずがない、と瞼を上げることもできず、そのまま意識が落ちていった。



***

『アーチャー、緊急事態よ』
 凛の呼びかけに、何事かと遠坂邸のリビングのソファで午睡を貪っていたアーチャーは身体を起こした。
「今日は衛宮士郎とデートのはずだろう? いったいなんだ」
『デ、デートじゃ、ないわよ!』
 凛が慌てふためく姿が容易に想像できて、苦笑いが浮かんだ。
『わ、私のことはいいのよ! セイバーが――』
「なに!」
 凛が全てを話し終える前に、“セイバー”という単語が出た瞬間、ソファから立ち上がり、アーチャーはすぐにリビングから出る。
「セイバーがどうした」
『動けなくなって、今、駅前の店で休んでる。迎えに行ってほしいの』
「セイバーのマスターは何をしている!」
 アーチャーの語気が強くなってくる。
『わ、私も補充しようとしたけど、セイバーが断るから、時間もなかったし……』
 言い訳する凛の言葉尻から、おそらく頑なに拒否されたのだろう、とアーチャーは理解した。
「わかった。君はデートを楽んでいろ。セイバーのことは、引き受けた」
『だから! デートじゃないって!』
「わかった。そういうことにしておく。楽しんでくるといい」
『う……、じゃ、じゃあ、頼んだわよ!』
 凛との交信が切れるとともに、アーチャーは遠坂邸を出る。すぐに霊体化して新都へ向かった。
 自分でもなぜこんなに焦っているのかわからなかったが、街までは十分とかからず到着していた。
 凛に指定された店に入ると、机に突っ伏したシロウをすぐに見つけることができた。店員が困り顔で空いた食器を片付けている。
「まったく……」
 テーブルの食器を片付ける店員にコーヒーを頼み、アーチャーはシロウの向かいの椅子に座った。赤銅色の髪が時折揺れている。空調の風が当たっているようだ。
「世話の焼ける……」
 椅子の背もたれに掛けてあるシロウのコートをそっと肩に掛けた。寝息を立てるその肩が、呼吸の度に上下する。
 頬杖をついて、アーチャーは眠るその顔を飽くことなく見ていた。顔立ちは衛宮士郎と同じ、少し細面だろうか、と頭の中で両者を比べてみる。
 しばしの考察の後、少年よりは少し大人だ、と結論が出た。
 表情も柔和で、頬は白磁のように白く、つるりとしている。
 アーモンド形の目が緩く細められて、笑っているのを一昨夜目撃した。その瞬間、形容しがたい震えが全身を駆け抜けた。
(なんだったのだろうか……)
 つい、眉間に力がこもる。はたから見れば眉間にシワを寄せた、さぞ不機嫌な顔に見えることだろう。
 目頭を軽く揉み、不可解なことばかりだ、とアーチャーは窓の外に目を向ける。
 春が近づいているとはいえ、外の気温はまだ冬と変わらない。午後三時を過ぎて、気温が下がってきたのか、寒そうに首を竦めて歩く人並み。
 数日前、真っ直ぐに自分を見つめ、伝えたかった、と言ったこの愚か者は、いったい何を考えているのか。
 そんなくだらないことのためにサーヴァントになどなりおって、とアーチャーはコーヒーカップを口に運ぶ。
(馬鹿は死んでも治らんと言うがな……)
 この世界と同じような世界で生きたエミヤシロウ……。
 そっと指先で赤銅色の髪に触れてみた。柔らかな感触がする。指先でクルクルと髪を弄びながら、シロウの話を思い出す。
 シロウは自分の経験した聖杯戦争とほとんどが同じだったと言っていた。
(こいつは、高みの見物もできただろうに……)
 そんなことを思いはしたが、こいつにそんな器用な真似はできない、と思い直した。
(結果がわかっていても、あの行動を取ったのだろう、自身が傷つくことも厭わずに……)
 シロウはバーサーカー戦では大ケガを負い、キャスターに捕らわれた時には拷問を受けた。
(あの時……)
 キャスターの結界が破れて、凛を殺すために駆けたシロウに矢を放ったものの、どれも致命傷となる箇所に的を絞れなかった。抗い切れずに剣を構えるその白い顎を伝った涙が手元を狂わせた。血に濡れ、刃を握りさえして、嫌だ、と叫んだ悲痛な声がしばらく耳に残っていた。