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Green Hills 第2幕 「雨」

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 マスターの魔力が少なく、思うようにいかないこともあっただろうが、わかっていた結果ならば、回避することもできたはずだろうに、馬鹿なのかとアーチャーはため息をつく。
(あんな目に遭って、あんなに辛そうにしていて……)
 血を流し、それでも立ち上がり、主を守ろうと必死で……。記憶の彼方の騎士を思い出し、アーチャーは目を伏せる。
 ああ、そうか、と思い至った。
(わかっていても、この世界の衛宮士郎に委ねた、ということか……)
 それは、世界に対する真摯な姿勢。未来を知っているからこそ、歪めてはならない、とシロウはこの世界に自らを委ねたのだ。その上で、精いっぱい戦おうとした。
「たわけ……」
 こぼれたのは、ずいぶんと小さな呟きだった。
「ん……」
 体勢が辛くなってきたのか、シロウが身じろぐ。眉根が寄り、睫毛が震える。薄っすらと開いた瞼の下に琥珀色が見て取れる。
 その色がアーチャーには眩しい。じっと見続けてはだめだと、すぐに目を逸らすのに、また伺い見るように、つい視線を向けてしまう。
「あ……、寝てしまっ――」
 肩に掛けられたコートを掴み、顔を上げたシロウは向かいに座る者と目が合って声を失う。
「ようやくお目覚めか」
「なんで、あんた……」
「凛から連絡を受けた」
「…………あ……、あ、……そう……か、悪かった……」
 ふい、と顔を逸らしたシロウに、アーチャーはムッとした。
「起きたのなら、そろそろ出るぞ。店に迷惑だ」
 シロウもムッとしたまま頷く。
 席を立ったところで、よろめいたシロウの腕をアーチャーが掴んだ。
 シロウが驚いてアーチャーを見上げる。そこには冷たい鈍色の瞳があった。シロウの奥歯が僅かに震える。言い様のない胸の痞えにシロウは視線を落とし、腕を引こうとしたが、叶わなかった。
「こんな細腕で、よくセイバーが務まったな」
 笑いを含んだ声に、今度こそ腕を振り払おうとしたが、やはり、叶わなかった。
「放せ」
 顔を上げるとこはできなかったが、はっきりと告げる。だが、まったく、とため息をついたアーチャーに、そのままトイレへと連れて行かれ、シロウは逃げる間もない。
 蓋を閉めた便座に座らされ、アーチャーに見下ろされ、何をされるのか、とシロウは戦々恐々として見上げる。
 アーチャーはシャツの袖を捲りながら、血でいいか、と訊く。
「はい?」
 ナイフを投影したアーチャーを見て、慌ててその手首を捕まえた。
「なんだ」
 不機嫌に吐かれる声。
「いや、ま、待って、血って、何を考えてるんだ、あんた」
「手っ取り早く魔力を摂取できるだろう」
 なんの感情もその顔に浮かべないアーチャーにシロウは困惑する。
「も、もしかして……」
 一つの結論を思いついた。
「もしかして、責任、とか、感じている、のか?」
 アーチャーの眉間にシワが寄った。
「俺が、サーヴァントになったりしたから、とか?」
 いきなりシロウの髪を鷲掴み、アーチャーは乱暴に上を向かせる。
「自惚れるな。貴様が何をしようと、私には関係のない話だ」
 驚きに満ちた琥珀色に悲哀の色が浮かんだのを、アーチャーは確かに見た。
「チッ」
 舌打ちして、目を逸らす。
「……血が嫌なら、これで我慢しろ」
 返答など待たず、シロウに口づけたアーチャーは魔力を含んだ息を吹き込む。
「っ、んん!」
 もがくシロウの身体を抱き込んで、アーチャーは執拗に魔力を吹き込んだ。

「なんだ、まだ立てないのか」
 呆然と見上げるシロウをアーチャーは冷たく見下ろす。
「う、うるさいな!」
 悔しげに真っ赤な顔を俯けて、シロウは強がる。
「会計を済ませて、外で待っている」
 短く告げたアーチャーはシロウを置いて出ていく。
 個室の鍵をかけ直し、ぐい、と袖で口を拭った。
 不意打ちだった。まさかあんなことをするとは、とシロウは熱の冷めない頬を手の甲で押さえる。
 魔力を注がれたのはいい。血でなかったのも助かる。
(けど、だけど、でも、あ、あんな、やり方……)
 頭を抱える。
(あれは、アレ、だよな……)
 ぐぐ、と眉根を寄せて、シロウはある答えに行きついている。
 舌を舐められた。歯列を、上顎を、魔力を吹き込みながら、口の中を、アーチャーにいいように……。
「ディープ……キっ……っき……」
 口に出しかけて、手で口を覆った。言葉にするとなんて恥ずかしいんだ、とシロウはまた熱を上げる顔を項垂れたまま上げられなかった。
 それから十分近くトイレで悶々としていたシロウが上着を手に店を出ると、歩道の車止めに軽くもたれ、何をするでもなくそこで待っているアーチャーに目が留まった。
「髪……」
 いつもオールバックだった白銀の髪が下りていることに今気づいた。暗い色の上下と黒いミリタリー風のコートに包まれたその姿は、ここ最近見ることが増えた姿だ。
 風が揺らす白銀の髪。目元が隠れて鈍色の瞳はほとんど見えない。寒さからか襟元に顎を埋めて、俯いている。
 待たせた、と声をかけようと口を開きかけると、不意に顔を上げたアーチャーと目が合う。厭味な笑いでも浮かべるのかと思っていたシロウは虚を突かれて動けなくなった。
「ぁ……」
 眩しそうに少し目を細めて、まるで何か探し求めるものを眺めるような鈍色の瞳がこちらに向けられている。
 どく、と跳ねた鼓動が、速度を上げていく。
(なん、で……?)
 そんな顔をするのだと、どうしていつものように、厭味でも言ってこないのかと、シロウはただ途方に暮れる。
(どうすればいいか、わからないじゃないか……)
 シロウは呆然と立ち尽くすしかなかった。
 こんなアーチャーは見たことがない。こんな表情など、一度だって、一瞬だって、と何もかもがわからなくなってきて、頭の中が真っ白になってしまう。
 どん、と背中を押され、やっと金縛りから解放された。だが、上手く身体が反応せずつんのめった。そのまま膝をつきそうになって、受け止められる。
「え?」
 目の前には黒いコート。何が起こったのかシロウには、すぐに理解できない。
「突っ立ってんじゃねーよ!」
 頭の中を整理しようとする前に、怒鳴りつけられ、振り返る。後ろから出てきた客だろう、シロウを睨み付けていた。
 膝をつきかけているシロウを見下ろして、痩せ型の四十代くらいの男は不機嫌そうに顔を歪めている。
 確かに出入り口に立っていたから邪魔だっただろう、とシロウは深く考えず、謝った。
 それを、どう取ったのか、その男は厭味な口ぶりで、最近の若者はどうだとか、マナーが悪いだとか、ベラベラとしゃべりだした。
 呆気に取られていると、腋に腕を差し込まれ、シロウは立たされた。顔を上げるとアーチャーの顔がすぐ傍にある。
 調子づいて厭味と罵声を浴びせる男の声に、
「前を見ていなかったのはそちらだろう」
 静かだが、低く底冷えする声が被せるように返された。
「な、なんだと、て、め、ぇ……」
 威勢のよかった男は視線を上げながら声を失っていく。見上げる体躯のアーチャーに急速に戦意を削がれていっているようだ。
「はっ! な……、なんだ、で、デカいからってなぁ、」
 声を震わせながらも男はまだ勢いをおさめない。その顔は引き攣っているのだが。