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Green Hills 第4幕 「天気雨」

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 過保護にもほどがある、と自分で呆れてみても、同じエミヤシロウでありながら、士郎がケガをしようと全く気にもならないのに、シロウがよろめくだけで心臓が、ぎゅ、と握り潰される錯覚に陥ってしまう。
 シロウに答えを出せと言っておきながら、その実、自らと向き合うことにアーチャーも二の足を踏んでいる。
 そんな自分にもアーチャーは呆れている。
(偉そうなことを言って、私も似たり寄ったりではないか……)
 苦笑いが浮かぶ。
 答えが出せないのは、踏み出す勇気がないからか。それとも気づきたくない何かがあるからか。
 アーチャーも想いに沈む。自らの想いの深淵に立ち、明確なものを掴み取りたいと思う。
 だが、そうすることで、シロウを失いやしないかという恐怖にかられる。
 今、ある程度、近くにいられるこの距離でいいかもしれない。
(ならばいっそのこと……)
 失うリスクを負うくらいなら、現状維持が望ましいのではないか、と尻込みする。
 知らず床板を見つめていた視線を上げる。
 赤銅色の髪が風に揺れていた。
 あの柔らかい髪に、また触れたい。
 肩を並べて、その視線の先を見てみたい。
 前だけを見つめる琥珀色の瞳は何を見ているのだろうか。
 あの瞳が見ていたものはどんな世界だったのだろうか。
 彼の心象風景は緑の丘だという。その丘は暖かいのだろうか、それとも冷たい風が吹いているのだろうか。
 知りたいと思うことが増えていく。
 別次元のエミヤシロウ。後悔しなかったエミヤシロウ。
 自分とは違う道を辿ったエミヤシロウは、自分に伝えたかったと言った。
 アーチャーは壁に身体を預け、軽く腕を組んだまま、その横顔を見ていた。
(なぜ伝えたいと思ったのか、早く答えを出せ……)
 そうすれば、とアーチャーは目を伏せる。
(何を……私は考えているのか……)
 自嘲して一度俯き、またシロウへ目を向ける。
 その姿は、アーチャーにとって、どこか高潔で、侵し難いものに見えていた。



***

「あ……」
 合ってしまった視線をすぐに逸らした。
 そうしてからシロウは、しまった、と思う。
 あからさまに目を逸らされたりしては、アーチャーとて気分が悪いだろう。
 おずおずと上目で窺うと、食器を洗う濡れた手が、皿を寄越せと示唆している。
「……悪い」
 皿を渡しながらシロウは謝る。
「何がだ」
 こちらを見ることもない横顔から発せられた返答に、シロウは視線を落とした。
「うん……、いろいろ……ある……」
「……まあ、確かに無駄に警戒されるというのは、腑に落ちないな」
「う……」
 反論できず、シロウはますます項垂れてしまう。
「まあ、今さら拗ねようとも思わないがな」
「拗ね……る?」
 きょとん、としてシロウは顔を上げた。
「なんだ」
 半眼でこちらに目を向けたアーチャーをまじまじと見て、そして、
「っぷ! はは!」
 シロウは吹き出し、腹を押さえて笑い出す。
「ふは……、なんだよ、拗ねるって、全然、拗ねて、ない、し、はは……」
 呆れたように息を吐き、アーチャーは手元に視線を戻した。
「おかしいか」
 静かなアーチャーの問いかけに、シロウは笑いを引っ込め、その横顔に目が留まる。
 伏せた目には険はなく、口元は微かに笑んでいるように見える。
 とくん、とシロウの胸が高鳴った。
 視線をさ迷わせ、シロウはカゴにふせられた食器に手を伸ばす。
「セイバー?」
「……手伝う」
 布巾で皿を拭きながら呟くと、アーチャーは何も言わずシロウのやりたいようにさせてくれる。
 当番でないとか、邪魔だとかは言われず、アーチャーが自分を受け入れてくれたと、シロウには思えた。
 それが、なぜだかうれしい。
 くだらないと言われたことは悲しかったが、今は、アーチャーと少し距離が近づいたと思える。
 それが、妙にうれしい。
 アーチャーに伝えたいと思ったことは、伝わってはいないのかもしれないが、アーチャーと少しだけ会話というものができるようになり、シロウは高揚感を禁じ得ない。
 肩が触れるわけではない距離。それでも、その温もりが感じられる距離。
 そこに存在する確かな温もりが、シロウにはとてつもなく大切なものに感じられた。
 どうしてサーヴァントになりたいと思ったのか、どうして伝えたいと思ったのか、その答えが出たわけではない。早く出したいと思っているが、見当もつかない。
 けれど、こうして、この存在を確かめることができる距離にいることが、大切な時間だと思える。
(俺は、どうして……)
 何度も繰り返す疑問。答えが見つからない命題。
(早く……見つけないと……)
 皿を持ったまま手が止まる。胸が苦しくなるのは、どうしてか。
 ぽん、と頭に手が載せられ、ひと撫でして離れていく。
 まるで、焦らなくていい、とでも言うような仕草に、泣きそうになっている自分が不思議だった。
(優しいんだな……)
 アーチャーの新たな一面を見つけて、シロウはまた動揺する。
 こんなことの繰り返しだ、と、こぼしそうになったため息を飲み込んだ。アーチャーには、自分のため息など聞かせたくはない、と思っていた。
(なんだろう、俺は、何かおかしい……)
 どうして聖杯戦争の時のように、毅然と接することができないのかがわからない。あの時は平気だった。睨み合うことも、必要なことを話すこともできた。なのに今は、顔を見て話すことすら難しい。
「セイバー、後は引き受けよう」
 不意に出された手に首を傾げる。
「え……?」
「埒があかないのでな」
 皿を持ったままで、拭く気配のないシロウを苦笑して見つめるアーチャーがいる。
「あ! あ、ご、ごめっ」
「かまわない。当番は私だ」
「あ……」
 自分から言い出しておいて、手伝うどころか邪魔になっていたことに気づく。どうしよう、と視線をさ迷わせ、シロウは唇を噛みしめた。
「セイバー?」
「……ご、ごめん、邪魔、して」
 アーチャーに布巾と皿を渡し、シロウは後退った。顔は上げられない。
「いや、邪魔などでは――」
「ごめん!」
「セイバー?」
 台所を出て、誰もいない居間を横切って廊下に出た。後ろ手に障子を閉めて項垂れる。
(何をしているんだろう、俺は……)
 自室へ向かいながら、ひどく胸が重苦しいことに気づく。
 夕食が終わり、一服すると衛宮邸の食客たちはそれぞれに散っていく。夕食時の喧騒は終わって、静まりかえった広い武家屋敷は、ひっそりとしている。
 静かな廊下を自分にあてがわれた部屋へと歩く。主の部屋はもぬけの殻。おそらく鍛錬だろう、と主の部屋を通り抜け、奥の自室に入った。
 壁にもたれ、頭を預けて脚を投げ出す。
 アーチャーに提供された魔力がまだ効いているのか、身体の調子はいい。
「あんなやり方だったけど……」
 手っ取り早く、効率がよかったのだと今さら思う。
 アーチャーには悪いことをした、とシロウは反省している。彼とてやりたくはなかっただろうに、あんなことをさせ、さらにその後は気遣わせてしまっているのだ。
 何様だ、と愛想を尽かされても文句は言えない。
 なのに、そんなシロウに呆れもせず、アーチャーは根気よくつきあってくれている。