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Green Hills 第4幕 「天気雨」

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「俺は、迷惑ばかり、かけてる……」
 唇を引き結び、歯噛みした。アーチャーを呆れさせ、怒らせ、気遣わせ……。
「どうしよう……セイバー……」
 膝を引き寄せて抱える。膝がしらに顎を載せ、そっとため息をつく。アーチャーの前ではつけないため息を、シロウはひとりになって、やっとこぼした。


(またついているな……)
 シロウのため息を感じ、アーチャーもため息をこぼしそうになる。
(成長しない奴だな、まったく……)
 呆れつつ、ふ、と口元に笑みが浮かぶ。
 シロウが自分のことを考えている、とわかる。
 答えを出せと、理由を説明しろと、宿題を出した。
 期限は切らなかったが、それほど時はかからないだろう。
 何が自身を突き動かしたのかを見極めれば、今ここに存在する意味がわかるはずだ。
(私に伝えようと思ったのは何が原因か、早く突き止めろ)
 勝手に消えよう、などと考えられなくなる理由に早く気づけ、とアーチャーは今夜もシロウの部屋の側の廊下で、霊体のまま気配を感じている。
 シロウが自分のことを考えている、ということがアーチャーに得も言われぬ至福を与えた。
 自らの主のことではなく、己のことをずっと考えている、と思うだけでアーチャーの胸は熱くなる。
 これほどに満たされる、という想いをアーチャーはとうに捨て去っていた。それほど他人と関わらずに存在していた。アーチャーはただ自らの理想と、人間世界の理想のために働いていただけだった。そんな永い時間をずっと過ごして、いつしか慣れて麻痺していく自身に焦燥を感じながら、どうすることもできなかった。
 回りはじめた歯車は、戻すことができないのだ。アーチャーがどれほど戻りたいと願っても手遅れで、後戻りのできない道は前にしかなく、そんな道を歩んでしまった己に後悔という剣を幾度も突き刺していた。
(セイバー……)
 そんな自分を照らすような眩しさを持つエミヤシロウ。目の前に突然現れた彼は、後悔しなかった、と言った。
 戸惑うほどの高揚をどう表現すればいいかわからない。いったい何が自身に起こっているのか、不思議で仕方がない。
(お前の理由、お前の答え、それによって私の全てが変わる……)
 予感はもうすぐにでも現実になりそうで、アーチャーは期待と不安を覚える。
 ハッと新たな気配を感じ、アーチャーは屋根に上がる。家主が自室に戻ってきた。
 セイバー、と呼びかける声。
 ムッと眉間に力がこもる。
 アーチャーの予想通りに、シロウは主の布団へ入っていく。
「…………」
 言いようのない苛立ちが全身を包んだ。
 舌を打ち、おもしろくない、とアーチャーは土蔵の屋根に跳んだ。
 少しでも離れて、その気配を感じないように、努力しようとしていた。



***

「アーチャー、悪いんだけど、宝石を持ってきてくれない?」
 伺いを立てているようだが、これは、命令と同義だ。
「どの宝石だ」
 それを重々承知しているアーチャーは、断ることなく話を先に進める。
「あれと、あの部屋にあったのと……」
 凛もアーチャーが断ることなど想定もしていない様子で、次々と指示を出す。
 それを朝食を食べながら、家主主従は、ぼーっと見ていた。
 この主従、すごいな、と。
 凛の曖昧な説明に、あれだな? と的確に判断しているアーチャーの従者魂がすごいというか……、と思いつつ、士郎は背筋が寒くなるのを感じる。いずれは、いや、そう遠くない明日には我が身、という差し迫った感が拭えない。
「いつか、俺も、ああなるのかも……」
 士郎の呟きに、シロウが肩を落とす。士郎は自身の身の上を案じて呟いたのだが、シロウは別な意味に取ったようだ。
「優秀なサーヴァントじゃなくて、ごめんな、士郎」
「いやいやいや、セイバー、なに言ってんだよ!」
 シロウはアーチャーの姿に、自身の不甲斐なさを突きつけられたらしい。
「俺は、全然ダメだから……」
 剣も借り物だったし、士郎に気遣わせて契約結ばせてしまったし、とズンズン落ち込むシロウを、
「俺の魔力も足りないんだから、おあいこって、ことだから、な?」
 士郎はよくわからない励まし方をする。
「もっと頑張って、士郎の役に立つようにするから」
「いや、いいって。セイバーは、自分のこと、もうちょっと考えよう、な?」
 ぽんぽん、と頭を軽く叩き撫で、士郎は気にするな、とシロウを宥めていた。

「いってらっしゃい」
 登校する主たちを見送って、シロウは朝食の後片付けのために台所へと向かう。
 がらん、とした屋敷の雰囲気に、気配を探してみる。だが、辿り着けない。すでにアーチャーは凛に頼まれた宝石を取りに、遠坂邸に向かっている。霊体のまま向かったようで、シロウはアーチャーを見送っていない。
「別に、いいんだけどさ、ひと言くらい……」
 ぽつり、と不満がこぼれた。
「あ……れ? ……あ、いやいや、何を言っているんだ、俺は……」
 慌てて否定しようとして口を閉ざす。振り返ると誰もいない居間。誰の気配も感じられない、がらんどうの大きな屋敷。
 切嗣が亡くなってから感じていたこの屋敷の広さを、シロウは嫌でも思い出した。
「は……、何を俺は……」
 気を紛らわせるように食器を洗いはじめる。黙々と作業に没頭すると、はかどってしまうもので、片付けも洗濯物干しも、いつもよりも早く終わってしまった。
 何もすることがなくなってしまったシロウは、縁側に腰を下ろす。
「別に、寂しいとか、思っているわけじゃ……ない……」
 一人で過ごしていた時期だってある。けれど、自身の聖杯戦争からは、いつも側にはセイバーがいて、凛がいて……。
 もう会えない二人を思い出す。姉のようだった二人。支え、励ましてくれた二人。もう二度と会うことの叶わない二人……。
「っ……」
 シロウは両手で頭を抱えた。
 後悔をしているわけじゃない。だが、伝えたいと思ったこともまともに伝えられず、アーチャーに迷惑をかけてばかりいる自分が情けない。こんなことでは、二人に顔向けができない。
「このままじゃダメなのに、どんどん俺は、ダメになっていく……」
 答えを、理由を見つけなければ、アーチャーにも顔向けできない。もう二人には何もできないのだ、せめてアーチャーにだけは、誠心誠意、向き合わなければと思う。
「怖がったり、避けているわけにはいかないんだ。俺はアーチャーを煩わせるためにここにいるんじゃないんだ……」
 立ち上がり、シロウは、きゅっと口を引き結ぶ。
「買い物を頼まれていたっけ。じっとしていても、何も浮かばないし、しようがない……」
 シロウは言い訳するように言って、玄関に向かった。

 比較的多くない買い物量なので、存外疲れることなく交差点まで戻って来られた。
 足が止まる。屋敷と反対方向に向かえば遠坂邸へ行くことができる。
 だが、シロウには向かう理由がない。
(遠坂の家に行ったって、俺が役に立つことなんて、ないんだし……)
 軽く首を振って屋敷の方へ足を向ける。引かれる後ろ髪を引き剥がすような気分で衛宮邸へ歩く。
 屋敷に着き、靴を脱ぐ。誰もいない屋敷からは音がしない。
 居間に向かいながら、気配を探してみる。やはり、目的の気配には辿り着けない。