Green Hills 第5幕 「南風」
目を擦りながらシロウは不満げに言って、もう少し、とねだってくる。
「……そうか。いいんだな」
アーチャーは了解を得た、とばかりにシロウの腰に腕を回して引き寄せた。
「ん? へ?」
驚いて目を開けたシロウの首筋にアーチャーは吸いつく。
「え? ちょっ、へ? アーチャー?」
抵抗するもアーチャーには敵わない。シャツのボタンがもがく間に外されて、シロウは硬直する。
「白いな……、それに、細い……」
はだけた胸元を見つめるアーチャーの声に熱が籠もっている。鎖骨を甘く噛んで、アーチャーは舌を這わす。
「っひ! やめっ」
もがきながらシロウは必死になって身体を捩る。
「お、起きる! 起きる、から! やめろよ! ヘンタイ!」
「襲うと忠告したはずだぞ」
「そ、っだけど……」
本気で怯えるシロウにアーチャーは、は、とため息をつく。
「人を食った物言いをするからだ、たわけ」
「い、以後、き、気を、つけます!」
まったく、とアーチャーは身体を起こしながら、シロウの身体も引き起こす。
「……ごめんなさい」
ボタンを留めながら、俯いて謝るシロウの髪をアーチャーは優しく撫でた。
「今日はお前が当番だろう。そろそろ動き出さなければ間に合わない」
こくん、と頷くシロウが申し訳なさそうに上目でアーチャーを見る。
叱られた子供のようだ、とアーチャーはその顎を取る。
「魔力はやるから……」
もう起きろ、と優しく口づけられ、シロウはおとなしくアーチャーの魔力を享受した。
「アーチャー」
夕食後、後片付けでシロウが台所に入ったのを見計らい、士郎はアーチャーを呼び出し、話がある、と切り出した。
なんだ、という顔をして、無言で受けて立つアーチャーに、
「お前、セイバーにちゃんと言ったのか?」
「何をだ」
アーチャーはやや眉を顰めて、士郎を見据えている。
「セイバーにちゃんと好きだって、言ったのか?」
「…………」
しばし沈黙したアーチャーはミカンを頬張る凛に目を向ける。
「こいつは、何か悪いものでも食ったのか?」
「私たちと同じ物しか食べてないはずよー」
テレビを見ながら答える凛に、アーチャーは、ふう、とため息をつく。
「何が言いたいのか知らんが――」
「そうやって誤魔化すのか?」
「なんだと?」
「だったら、セイバーは渡さない」
「なに」
アーチャーの空気感が変わった。
凛がテレビを見たまま無関心を装いつつ、内心、お! と思っていると、
「お前が何を考えているかは知らないけどな、セイバーを傷つけるような奴になんて、絶対渡さない!」
さらに士郎がアーチャーを煽っている。士郎はもちろん無自覚だ。
「貴様……」
睨み合う士郎とアーチャーは一騎打ちの再来かと見紛うような雰囲気になってきている。
数分も経たず、両者立ち上がった。
「いいだろう、表へ出ろ」
「のぞむところだ!」
どうやら二人して頭に血がのぼったらしい。庭へ出ていってしまった。
「あーあー、短気ねー」
ミカンを口に運び、凛はテレビへまた目を向けた。
「あれ? 士郎は?」
後片付けを終えたシロウが居間に戻ってきた。
「さあ? アーチャーと出ていったわよ」
「アーチャー? どうして?」
「急に修行でもしたくなったんじゃないの?」
「え? そうか。へー、アーチャーも付き合ってやることがあるんだー」
いい傾向だなぁ、と呑気にお茶を啜っているシロウに、凛は目を据わらせる。
「ほんと、鈍いわね……」
「ん?」
こちらを向いて首を傾げるシロウに、凛は、にこ、と笑う。
「んーん。セイバーはカワイイなぁ、と思ったの」
「ん? 遠坂? 視力は、大丈夫?」
顔を顰めるシロウに、にこにこと凛は笑った。
「なんだか、このところ、ご機嫌みたいね、セイバー」
「そうかな?」
「アーチャーとうまくいっているのね?」
「へ? え? うまく?」
凛はカマをかけようとしたのだが、シロウには全く通じていない様子だ。
「えーっとぉー、仲がいいじゃない、最近」
「そうかなぁ? 何も変わらないと思うけど」
シロウは小首を傾げて考えているようだ。
「あ、でも」
「でも?」
「なんだか、アーチャーは、優しくなった」
ふにゃ、と笑ったシロウに、凛はミカンを丸呑みしそうになって噎せた。
「だ、大丈夫か、遠坂!」
ごほごほっ、と咳き込みながら、シロウに背中をさすってもらって、ようやく呼吸が戻る。
「あ、ありがと、も、大丈夫よ」
はあ、と凛は息をつく。
(死ぬかと思ったわよ、この鈍感……)
凛は茶を啜るシロウを思わずぶん殴ってやりたくなった。
(うまくいっているも何も、ラブラブなんじゃない……)
士郎の懸念なんか、本っ当に不要だわ、と凛は湯呑に手を伸ばす。
(でも、本人に自覚が全くないわね……)
前途は多難よ、と自らの従者に同情する凛だった。
そのころ衛宮邸の庭では勝敗が決していた。明らかに未熟な士郎の完敗である。だが、それでも士郎は怯まない。
「あいつは、言ってやらないと、わからないんだよ!」
士郎の剣を悠々と受け流しながら、アーチャーは眉間にシワを寄せる。
「お前が伝わっているはずだ、なんて思ってることの、十分の一も伝わってなんていない!」
士郎の剣を受けながら、アーチャーは何も言わず、その言葉をただ聞いていた。
「だからっ、はっきり言わなきゃ、あいつは、どうしていいか、わからなくて、また、泣いちまうだろ!」
アーチャーの莫耶が砕けた。ぜぇぜぇ、と肩で息をつきながら、士郎はアーチャーを睨む。
「セイバーは、サーヴァントだけど、あいつの心は、俺たちよりも、ずっと脆いんだ! だから、傷つけるなっ!」
言い切った士郎の身体が力を失って崩れ落ちる。体力と魔力の限界だろう、すでに意識がない。
「は……、貴様に、諭されるとはな……」
剣を消し、士郎を小脇に抱え、アーチャーは居間に戻った。
「あら、案外早かったわね」
振り返った凛は立ち上がってシロウとともに座布団を並べ、士郎の寝床を作る。
「あんまり、無茶しないでくれよなー」
シロウが苦笑している。
「ふん、こいつが未熟すぎるだけだ」
言い捨ててアーチャーは居間を出ていった。
「遠坂、あいつのさ……」
屋上でぼんやりと空を見上げながら士郎は口を開く。
「アーチャーがどうしたの?」
「うん……」
「何よ、昨日ので疲れちゃった? それとも、また何か言われたの? あんたもコテンパン?」
「いや……。あいつの中にはさ、たくさん……」
「たくさん?」
「たくさん、…………セイバーがいた」
剣を交えて見えたのだと士郎は言う。
刃が火花を散らすたびに、セイバーの姿が流れてくる。それは、自分の知らないセイバーの表情だったり姿だったりで、剣を交えながら、士郎はアーチャーの想いを嫌でも感じていた。
「あいつの記憶は最悪で、反吐が出そうな地獄ばっかりだった。なのに、昨夜、見えたのはセイバーだけだった……」
膝を立ててそこに肘をついた士郎は項垂れる。
「俺、セイバーのことばっかりで、アーチャーのこと、なんにも考えてなかった」
「士郎、そんなの、あんたが気にすることじゃないわよ」
作品名:Green Hills 第5幕 「南風」 作家名:さやけ