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Green Hills 第7幕 「薫風」

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「アーチャー、俺は、士郎と眠らないと、また、倒れて――」
「提供してやると言っているだろう」
 憮然と言ったアーチャーが耳を甘噛みしてくる。吐息の熱さが感じられて、シロウはますます逃れられないことを思い知る。アーチャーの熱がシロウを縛る。この熱さが離れがたくする。シロウはそんな自分に悲しくなってしまうのだ。
 こうやって拒めない、逃れられない自分をいいようにしてしまうアーチャーを少々恨みたくなる。こんなふうになったのはアーチャーのせいだ。アーチャーが触れてくるから、キスなんてしてくるから……、と。
 何が愉しいのか、とシロウは、むす、と不貞腐れる。
 アーチャーのスキンシップは過剰になりすぎている。こんなセクハラまがいのことをして絡んでくる。魔力を提供してやるなどと言って。
(こんなことをしなくていいように、士郎にお願いしているのに……)
 そう思っていても、シロウは何も言えずにいる。
 頬を撫でる手に、ぎゅっと目を瞑った。強引ではなく優しく触れる手が拒めなくて、結局シロウはいつも流されてしまっている。
「セイバー、口を開けろ」
 触れる唇が吐息とともに声を発する。低く甘い声。
 どうしてこんな無駄なことをするのか、と混乱の中、言われた通りに口を開けてアーチャーの舌を待つ。熱い唇、湿った舌、甘い魔力、知らずアーチャーのシャツを握って、そのうちにアーチャーの背中に手を回してしまう。
 長く濃厚なキス。
 腰砕けになり、自分の身体を支えられなくなると、アーチャーが抱きとめてくれる。
 いつの間にかアーチャーの魔力を貪るようにせがんでいる自分をシロウは恥じた。結局自分もこれを望んでいるのだと思い知らされて、シロウはやはり悲しかった。
「っん、っ」
 吐息が混ざる。熱くて甘い魔力を飲み込む。やがて濡れた唇が離れていく。射抜くような鈍色の瞳が熱いと思ったのは、気のせいだろうか……。
 まだ、ぼんやりとしたままのシロウの唇を軽く吸って、目尻に口づけ、アーチャーはシロウの頭を肩に預けさせる。
 くたり、とアーチャーの肩に頭を預け、力の入らないままの身体をアーチャーに抱き留められたまま、シロウはいつも背徳感に苛まれる。
(こんなこと、して……、こんな感情、抱いてしまって……)
 廊下の壁に背を預けて座り込んだアーチャーに抱きしめられたまま、心地よくて目を閉じる。
 これは自分が望んでいるだけであって、決してアーチャーの望むことではない、とシロウは眠気に誘われながら自分を律した。これは、ダメなのだ、と頑なに思おうとしている。
 けれど、今だけ、と、少しだけ、と、この温もりに浸ることを許してほしいと願った。
 そうして、緑の丘に雨が降る。
 戸惑うばかりのシロウには、アーチャーの行動の意味にまで気を回すことなどできなかった。


「セイバー、昨夜、来なかっただろ。魔力、大丈夫なのか?」
「あ、うん。平気」
 にこりと笑うと、そうか、と頷き、士郎は凛とともに学校へと向かった。
 シロウは結局、士郎の布団に入ることはなかった。アーチャーから少し魔力をもらったこともあったが、アーチャーに抱きしめられた後に、違う者と触れ合うのは嫌だと思った。アーチャーの温もりの記憶を他の温もりに変えたくなかった。
 玄関の鍵を閉めて、布団を干すために部屋に向かう。
「わからないな……」
 主の部屋の前で、ぽつり、と呟く。
 アーチャーの行動がよくわからない。抱きしめられるのはいい、ハグだと思えばいいのだから。だが、キスは……、とシロウは項垂れる。
 頬や額、そんなのはいいが、口にするのはちょっとダメじゃないだろうか、とシロウは思う。
 それに嫌気を感じていない自分自身にも反省している。けれども、次は断れるかと訊かれれば、答えはノーだ。仕方がない、アーチャーを好きだというのはどうしようもない事実だから。
 だが、アーチャーは仕方なく自分に付き合っているだけなのだから、あんなことはやめてもらった方がいいとシロウは思っている。それをどう伝えればいいだろうかと、ずっと考えている。
「俺は、どうしたら……?」
 緩い風が吹いてシロウの赤銅色の髪を撫でていく。
「どう……しよう……」
 答えは見つからないままだった。



***

 は、と熱いため息がこぼれる。
「おかげで魔力は大丈夫なんだけどな……」
 今夜もアーチャーとキスをして、シロウは廊下の壁にもたれて座り込んだままだ。アーチャーは霊体化して少し前にいなくなった。
「セイバー?」
 その声に、びく、と身体が硬直した。
「こんなところで何してるんだ?」
 トイレにでも起きたのか、士郎が声をかけてくる。
「あ……、いや、なんでも……」
「そうか」
 言いながら士郎は隣に同じように腰を下ろした。
「士郎? 何を、してるんだ?」
「うん、なんか、落ち込んでるっぽいから」
「お、落ち込んでなんかは……」
「落ち込んでるんだろ?」
 真っ直ぐな琥珀色の瞳に見つめられ、シロウは違うと言えなかった。
「……ああ、うん、そうかも」
 しばしの沈黙。何を話すでもなく、膝を引き寄せたシロウはそこに腕を載せたまま押し黙っている。士郎は投げ出した足をフラフラと動かしている。
「アーチャーとさ、なんかあった?」
 不意に訊かれたことを否定できずに、シロウは腕に頭を落とす。
「あったんだな」
 答えなくてもわかる、と士郎は苦笑交じりに言う。
「最近はうまくいってるんじゃないのか? 普通に接してるみたいだけど」
「……普通だよ」
 シロウのくぐもった声に、士郎は小さくため息をつく。
 けど、また雨なんだよなー、と思いつつ士郎は廊下の天井を見上げて、頬を指先で掻いた。
 シロウの心象世界には、また雨が降っているのだ。霧雨のような、弱いものだが、ずっと降り続けている。
「セイバーはさ、アーチャーと剣を交えた時に、見たか?」
 士郎の言わんとしている内容はわかったので、無言で頷く。
「そっか。やっぱ、あの地獄、見たんだな」
 士郎が言った地獄。アーチャーの記憶、アーチャーの歩いた道。
 思い出しただけでも寒気のするあの道を、独りで歩き続けたアーチャーをシロウは追い続けた。あの背中を、ずっとずっと。
 追いつきたくて、伝えたくて、……触れたくて。
「それがさ、この間、アーチャーとやりあったとき、違ってたんだ」
「……違っていた?」
 何か新たな記憶でも見たのだろうか、とシロウは顔を上げて士郎の横顔を見る。
「セイバーがさ、いるんだ」
「え?」
「アーチャーの心象世界に、セイバーがいる」
「なに……言って……」
「眩しくて、すごく欲しくてたまらないのに、触れちゃダメだって、汚しちゃダメだって、ずっと我慢してる」
 シロウは瞬くことも忘れて士郎の横顔を見ていた。
「だからさ、セイバーはそのままのアーチャーを受け入れたらいいんじゃないかな」
「そのまま、の……?」
 シロウの赤銅色の髪を、なでなでとしならが士郎は笑う。
「大丈夫だよ、あいつ、セイバーのことしか見えてないからさ」
「そんなはず……」
「いいや。見えてないって。例えばさ、こんなふうに……」
 言ってシロウの頬を両手で包み、士郎は顔を近づける。唇が触れ合う寸前、