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Green Hills 第8幕 「夏灯」

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 男の着替えがどうして私より遅いの、と言いながら扉を開けて、ズカズカと入ってきた凛はミニスカート付のビキニの上にパーカーを羽織っている。士郎はギョッとしつつ、指を差してアーチャーに訴えた。
「と、遠坂だって、露出度高いじゃないか!」
「は?」
 わけがわからない凛が呆気に取られて士郎を見る。アーチャーはそんなことはどうでもいい、という顔だ。
「あ、あの、アーチャーが、ごねちゃっててさ……」
「……なぁにを、やっているのよ、ほんとに、このバカサーヴァントどもは!」
 ギリギリと歯ぎしりしながら吐かれる凛の声に、士郎は寒気を覚えつつ半歩下がる。
「セイバー、いったい、あんた、どんな水着持ってきたのよ!」
 アーチャーが渋るくらいだから、と凛はシロウに詰め寄り、パパッと服を剥いで、腰に巻いているバスタオルを取り去る。
「凛!」
 アーチャーの制止の声も届いていない。
「何よ、普通じゃない」
 普通の水着だ。ビキニでもブーメランでもTバックでもない。
「アーチャー、これの何が気にくわな……い……」
 言いながら凛は、視線を上げていき、やがて口を閉ざす。
 引き絞られた細身の身体。バランスの取れた肉体は無駄なものを全て削ぎ落したように必要最小限の肉付きだ。アーチャーとは別の肉体美がそこにある。その上に透けるような白い肌がなんとも言えず艶めかしい。
「……アーチャーの、言い分は、わかったわ」
 よろ、と眩暈を覚えながら、アーチャーを手招きする。赤い主従は何やらコソコソと頭をつき合せて相談をはじめた。
「なあ、士郎、俺は、何がダメ?」
 シロウがしょんぼりして訊いてくる。
「ダメなわけないだろー。ダメなのはアーチャーの理性だ。ほら、これ着て、セイバーは日焼けしないようにしないとな。ひどいことになって、後が辛いから」
「うん、わかった」
 士郎に渡されたパーカー形のラッシュガードに袖を通して素直にシロウは頷いた。こちらの主従は呑気に海水浴を楽しもうとしている。
「わかった、アーチャー? 今日だけは我慢して。その代わり、いいこと尽くしよ」
「……了解した」
 渋々だがアーチャーは頷いた。何やら問題は解決したようで、揃って海辺の宿を出た。宿から海水浴場は目と鼻の先、道路と堤防を越えたところがもう砂浜だ。
 そうして砂浜へ出たものの、堤防の側で足が止まった。
「……すごい人ね」
「……そうだな」
 浜辺には所狭しと海水浴客がシートやパラソルや小さなターフを広げている。
「えーっと、あ! 二人とも、ちょっと待ってて」
 人の多さに呆気に取られていた士郎と凛を置いて、シートを持ったシロウがてくてくと歩いて行ってしまう。
「ちょ、ちょっと、セイバー?」
 止める間もなく行ってしまったシロウはすぐに人に紛れて見えなくなった。
「どうした、凛」
 海の家でパラソルを借りてきたアーチャーが立ち尽くす凛に声を掛ける。
「あ、アーチャー、セイバーが先に行っちゃって」
「なに?」
 アーチャーの眉間にシワが寄る。
「持っていろ」
 士郎にパラソルを乱暴に投げ渡し、わたわたと士郎が受け取っている間に、アーチャーは頭の位置と変わらない高さの堤防の上へ、ひょいと上った。
「アーチャー、見える?」
「ああ。シートを広げている」
「え?」
「場所を確保したようだ、行こう」
 堤防から跳び下り、アーチャーが先導する。迷うことなくシロウがシートを広げたところに到着した。
「セイバー!」
 凛の声にシロウが顔を上げる。
「あれ? なんだ、呼びに行こうと思ったのに」
「ビックリさせないでよ、セイバー。急に一人で行っちゃうから……」
「せっかくパラソルを借りたのに、場所がないと無駄になると思って」
 ダメだったか、とシロウが少し申し訳なさそうに上目で訊くと、凛はそんなわけないじゃない! と、ヒシッとシロウを抱きしめる。まるで十年来の母子の再会のような凛の雰囲気に、シロウはされるがままだ。
「凛……」
 咎めるようなアーチャーの声に、
「なによー、焼きもちー?」
 少しくらい、いいじゃない、と凛はむくれている。
「はあ……」
 士郎がそんな三人を見つつ、ため息をついていると、やけに周りの視線を感じる。
 見渡すと、右手にはギャル風の女性が三人、左手には若い男性が五人、背後にはOL風の女性が四人、前方には二人連れの男性……。
「セ、セイバー……、ここって、ほんとに、空いてたのか……?」
「ん? うん。ぽっかりここだけ誰もいなかった」
 にこ、と邪鬼の無い笑顔。
 慣れている士郎でも、眩しさに手を翳してしまいそうになる。だが、とそれを堪え、士郎は周りの状況を見て、顎に手を当てて考え込む。
 前後左右に男女の団体。数はちょうど七対七。
 これは、この混みあった海水浴場での奇跡のバランス。
 この際、知り合いかどうかなど、どうでもいい。
 ひと夏のアバンチュールなんて、そんなもの。
 いや、むしろ、ひと夏の経験だからこそ、この奇跡のシチュエーションに乗っからない手はない!
 ……と、互いに踏み出そうとしていた矢先、てくてくとやってきた天使が、この奇跡の空間にさっさとシートを敷き、相方の黒い方が主を引き連れ、そして、ででん、と荷物を広げてしまった。
「……ぬぁぁぁ」
 士郎が両手で頭を抱えて唸り出したので、びく、とシロウが振り返る。
「し、士郎?」
「な、なんでもないんだ……、ただ、ひと夏のさ……」
 士郎の言葉に首を傾げるシロウはアーチャーを見上げる。関わるな、と首を振るアーチャーに、素直にシロウは頷く。
「ねー、士郎ー、日焼け止め、塗ってくれない?」
「は、はあ?」
 この状況で、彼らにそんなとどめをさせと? と士郎は凛を振り返る。
 彼ら彼女らのこの夏の思い出をぶっ潰しておきながら、そんなことを目の前で俺に? と呆然として凛を見る。
「何よ。嫌ならいいわよ。じゃあ、セイバー、お願い」
「え? 俺?」
 シロウは耳まで赤くなった。
「だって背中は届かないんだもの。だから、ね?」
 凛はにっこりと笑うが、シロウは、
「無理!」
 と日焼け止めのボトルを押し返す。
「えー! もー! じゃあ、アーチャー、お願い」
 えええっ! この娘、節操なしか! と周りの女性陣は思ったことだろう。
 イイ男を二人、プラス普通の男一人を従えて、と歯噛みして見られていることに、凛は気づいているのかいないのか。
 その視線に気づいているのはおそらく士郎だけだろう。
(遠坂、ダメだ……、お前、なんか、いろいろ敵を作ってるぞ……)
 アーチャーは断ることなく日焼け止めを受け取っている。
 永い時間戦い続けた英霊には小娘の背中に触れることなど、どうということはないようだ。
(むしろそれがセイバーなら、たじろぐか、ド緊張でもするんだろう、このド変態め……)
 士郎が半眼で見ていると、シロウの様子がおかしい。
(あれ?)
 周りの視線や赤い主従に気を取られていた士郎だったが、自らのサーヴァントが何やら赤くなったり青くなったり、白い肌が色を変えていることに気づいた。そして、
「だ、ダメッ!」
 アーチャーの手を掴んだシロウが、日焼け止めを奪う。
「お、俺が、塗る」
「セイバー?」