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Green Hills 第8幕 「夏灯」

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 アーチャーが、ぽかん、としている。
 奴にそんな顔をさせられるのはお前だけだセイバー、と士郎は心で拍手を送る。
「どっちでもいいから、早くしてよー」
「あ、う、うん、じゃあ、行くよ?」
 シロウが手に取った日焼け止めを凛の背中に塗りはじめた。緊張しながら、顔を赤くしながら、真剣な顔で、ボトルを持つ手が震えている。
(真っ赤になって、純情だなぁ、セイバーは。それにくらべて、黒い方は遠坂の背中なんか、どってことないって感じだよな、擦り切れ英霊め……。って、あれ? そういえば、無理って言ったのに、急にセイバーはどうしたんだ?)
 士郎は首を捻る。
 背中に塗ってくれと言われ、即、無理だと断ったのに、アーチャーの手を止めて……、と、ここまで考え、あ、と気づく。
(セイバーは、アーチャーには触ってほしくなかったんだな、たとえ主である遠坂にも……)
 だから自分がやると言いだしたんだ、と士郎が納得していると、呆気に取られていたアーチャーが、腕に顔を当てて、堪えるように笑っている。おそらく士郎と同じ結論に至ったのだろう。
(うれしそうだな、英霊さんよ……)
 士郎が目を据わらせたのには誰も気づかない。
(なんだ、これ……)
 士郎は脱力してしまった。
「はは……、ほんっと、マイペースだなぁ、みんな」
 可笑しくなってきた士郎は笑いだした。
 楽しい、と思って、楽しいなんて思うのは、こいつらと出会ってからだ、とギラギラ照りつける太陽を見上げて、士郎はいずれ来る日のことを考えずにはいられなかった。


 凛と士郎はすでに海に行ってしまった。パラソルの設置と荷物整理を任されたサーヴァント二名は出遅れている。
「セイバー、脱げ」
 周りの男女が一斉にその声に、ぴくん、と反応する。あからさまに顔を向けはしないが、意識がこちらに向いていることにアーチャーは気づいている。先ほどから周りの視線がシロウに注がれていることをピリピリしながら感じていた。勝手に見るな、とその目を射ってやろうかと本気で思いつつある。
「あ、うん」
 素直に従ったシロウはラッシュガードのファスナーを下ろし、そのまま脱ごうとするが、アーチャーに腕を引かれる。
「待て、こちらへ」
 パラソルを持たされたシロウはアーチャーを見上げる。
「これじゃ脱げないけど」
「かまわない」
 言ってアーチャーはいつ取り出したのか、ばさ、と赤い外套を広げた。パラソルに掛けられた外套は完全に視線をシャットアウトだ。
「これでいい」
「こんなに厳重にしなくても、少しくらい陽に当たっても大丈夫だって」
「用心に越したことはない」
 論点がズレていることにシロウは気づかない。
 アーチャーはシロウの頬を包むようにして日焼け止めをのばしていく。
「顔と腕は、朝、出る前に塗った」
「ああ。だが、もう効果は薄いだろう。汗もかいていることだしな」
「そうか、そうだな」
 素直に頷き、おとなしくされるがままのシロウに、アーチャーは、ふ、と笑みを浮かべる。
「座るか。これでは重いだろう?」
 外套の重みが加わっているので傘のようにパラソルを持っていることが辛くなってきている。持てなくはないのだろうが、シロウの腕が僅かに震え出したのにアーチャーは気づいた。
「お、重くないけど、す、座る」
 言い訳をして、少し拗ねている様子のシロウに、アーチャーはまた笑みを深くした。
「さっきから、笑ってばっかり」
「なに、お前がいちいち可愛いのでな。つい笑ってしまう」
 耳をそばだたせている周囲の男女は、何を男二人でいちゃついているのだ、とつっこんだことだろう。
「か、可愛いわけない! 視力が落ちたんじゃないのか!」
 こいつ何もわかっていない、とは周囲のつっこみ。
「落ちてなどいない。それよりさっさと脱げ」
「う……、あ、うん」
 パラソルを地につき、片手で柄を持ち、片袖ずつラッシュガードを脱ぐと、アーチャーが首筋から日焼け止めを塗っていく。
「くすぐったい」
「我慢しろ」
 シロウがくすぐったさに笑ってしまいそうになるのを堪えている様を、アーチャーは熱の籠もった瞳で見つめていた。
 ここが海水浴場であることを忘れ、押し倒しそうになるのを必死に堪える。腹側を塗り終え、抱き寄せるようにシロウの背中に手を回したアーチャーは、その耳元に囁く。
「魔力をやる。口を開けろ」
「へ? い、今?」
「このまま海に入れば、すぐに倒れるぞ」
 アーチャーの声がやけに熱いように感じて、シロウは返事をためらう。
 まだそれほど眩暈を感じてはいない。まだ大丈夫だろうと思うが、アーチャーの言うように、急に魔力が減った場合、しかも海中でそんなことになったら、溺れるどころではないかもしれない。
「セイバー?」
 耳に吹き込まれるアーチャーの熱の籠もった声に、心音が速くなっていく。
「う、うん、じゃあ、も、もらう」
 アーチャーは無理強いはしない。互いの気持ちが通じるまでは強引だったが、今はシロウの承諾を得てからか、シロウの意思を確認してからでないと魔力を補うためのキスはしない。
 それがアーチャーの心遣いと、暗黙の了解の下心だ。アーチャーは意味も無く濃厚なキスなどしてはいけない、と、どこかで自身を戒めている。それが、一線を越えてしまわないための、なけなしの努力であり、理性と矜持だった。
 パラソルと赤い外套で外界と隔絶された薄暗く狭い空間で、膝をつき、見上げた鈍色の瞳は熱く、重なる唇も熱く、口内を蠢く舌と含まれる魔力の甘さにシロウは眩暈を覚える。
「っ……んっ……ふ……」
 日焼け止めを塗るために背中を這うアーチャーの掌の熱さに引きずられシロウの身体も熱くなる。
(俺……、何か……変だ……)
 のぼせそうになり、アーチャーが羽織っているだけのラッシュガードを掴む。のびのいい生地は頼りなくて、アーチャーの背中から肩に片手を回してしがみつく。
「セイバー?」
 僅かに唇を離して、少し驚くアーチャーに、
「熱くて……」
 シロウは身体の熱さを訴えた。
「ああ、熱いな」
 アーチャーは目尻を下げ、シロウを抱きしめ、再び口づける。ぴったりと素肌がついて、シロウの鼓動はさらに速さを増した。
 パラソルが傾いでいく。パラソルの柄を持ったシロウの手から力が抜けはじめたのだろう。アーチャーがシロウの手ごと柄を掴む。片腕でシロウを抱き込んだまま、腰を下ろした。自力で膝をついていられないシロウはアーチャーの胡坐の上に抱き込まれる。
「セイバー、それほど飢えていたのか?」
 唇を触れたまま言うアーチャーは微笑を浮かべた。うっとりした琥珀色の瞳は潤み、頬に朱がのぼっている。
「飢えて、なんて、ない、よ……」
「そうか?」
 くすり、と笑ってアーチャーは鼻筋に口づけ、シロウの脚に触れる。
「脚は、自分で、できる、よ……」
 ぼんやりと答えるシロウに、
「お前はこれを持っていろ」
 パラソルの柄を託し、アーチャーはシロウの脚に日焼け止めを塗りはじめる。
 目を伏せ、真剣な表情で、まるでアーチャーが自分の脚を撫でているように見えて、シロウは激しく脈打つ鼓動をどうにかして抑えようと必死だった。
「……凛に」
 不意にアーチャーが口を開く。
「え?」